恐らく現実なのは二度目である

バス停

 

小学6年生だった頃の夏休みの時の話。

 

その日は、家族で日帰りの海水浴に行った。

 

車で片道2時間ほどの所で、その方面に行くのは俺は初めてだった。

 

楽しい海水浴を終え、その帰路での事。

 

田園風景、ちょっとした山道、時折広がる集落などを抜けていく。

 

途中、少し賑やかな街並になった。

 

赤信号で停止すると道端にはバス停があり、祖母と孫娘であろう小さな女の子がベンチで足をブラブラさせながらバスを待っている。

 

海からそう遠くないからか、釣りエサなどを売っている店がある。

 

大きな魚のハリボテの看板が印象的だ。

 

信号のある三叉路を右折すると、古い洋館建ての銀行がある。

 

それらを通り過ぎると、また田園風景が広がる。

 

しばらく進むと海水浴帰りの渋滞につかまって、親父が「近道で行く」的な会話をおふくろと交わし、険しい山道に入って行った。

 

車同士がすれ違うのが困難な程の薄暗い道を進みながら、「もうすぐ広い道に出られるから」と、独り言のように親父が呟く。

 

親父の言う通り、程なく明るい街並に出る。

 

・・・あれ?と、俺は思った。

 

そして親父に言った。

 

「お父さん、道を間違えたね。元に戻ったじゃん」

 

赤信号で停止すると道端にバス停があり、祖母と孫娘であろう小さな女の子がベンチで足をブラブラさせながらバスを待っている。

 

大きな魚のハリボテの看板が印象的な釣り道具店がある。

 

「そんな訳ない。かなり近道だ。俺はこの道よく知ってるんだから」

 

「次そこ右に曲がるんじゃないの?そうしたら古い建物の銀行があるよ」

 

全くその通りだった。

 

俺は親父の間違いだと思って何も思わなかったが、親父は「なぜ知ってる?」と何度も聞いてきた。

 

あれから20年以上経つが、未だに家族でその話が出ることがある。

 

同じ場所を二度通ったような気がするだけなら「夢かな?」とも思えるが、恐らく現実なのは二度目である

 

(終)

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