鬼さんこちら、手の鳴る方へ
まだ幼かった頃の話。
祖母の家に行くと、『奥の間』という場所でよく遊んでいた。
奥の間はとても広く、家具が置かれていないので客間としても使われていたのだが、遊ぶには適した場所だった。
その日は年上のいとこのアキオくん(仮名)も来ていて、一緒に遊んでくれた。
俺に何が起こったのか?
祖母の手拭いを借りて『目隠し鬼』をすることになり、ジャンケンをして俺が最初に鬼をすることになった。
何も見えない恐怖と緊張。
耳だけが敏感に音を拾う。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」
アキオくんの声がする方に、手を伸ばしながら歩き回る。
俺たちは二人とも笑っていた。
だが、そのうち変な感覚に陥った。
その笑い声が、アキオくんのものなのか、自分のものなのか、知らない誰かなのかが分からなくなった。
様々な感覚が混ざり合い、とにかく変だった。
アキオくんのものらしき声が近くにと思えば、遠くから聞こえたり。
とにかく声の方へと思って足を動かすと、突然冷たいものに触れた。
そして、足がうまく動かなくなった。
走りたいのに走れない、まるで夢の中の出来事に似ていた。
気づけば、誰かが俺の手を掴んでいた。
「アキオくん?」
呼びかけても、耳元でクスクスと笑う声が聞こえるだけ。
しかし、それは甲高い女の声だった。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」
楽しそうに笑っている。
俺の身体は、もう自分の意思では動かなかった。
「●●(俺の名前)!」
突然、俺を呼ぶアキオくんの声がして、目隠しが外された。
「何?かくれんぼに変えるん?」
アキオくんは笑ってそう言った。
なぜなら、俺は押入れの中に入っていたからだ。
どっと汗が吹き出し、涙が溢れ出た。
何が何だか分からなかった。
聞くと、アキオくんは途中で母親に呼ばれ、俺に向かって「ちょっと待ってて」と言ったそうだ。
だが、俺は部屋の中央をぐるぐる回っているだけで返事をしなかったので、すぐ戻るからいいかと思ってそのまま俺を放置して部屋から出て行ったのだという。
この時、もしアキオくんが戻ってくるのが遅かったら、俺はどうなっていたのだろうか。
俺が押入れに入っていたことを聞いた祖母は驚いて、「まあ、あの渋い戸をよく開けられたねえ。ばあちゃんより力持ちだあ」なんて笑っていた。
少なくとも子供の俺よりは力があった祖母でも、押入れの戸を開けるのは難儀していた。
しかも、俺は押入れの上段にいたのだ。
その頃の俺はまだ小さく、とても上段には一人で上れなかったのにだ。
俺に何が起こったのか、どうなろうとしていたのか、全く分からない。
そんな祖母の家の奥の間は、ひんやりとして薄暗く、今でも苦手だ。
(終)