えんこうの仕業だよ
これは、私の古い身内の話です。
亡くなった祖母から聞いた話ですが、高知県の大野見村で起こった怪事件です。
大野見村とは、四万十川の源流に近い場所にあり、山と川しかないような寒村です。
祖母が子供の頃、身内に洋一(仮名)という男の子が誕生したのですが、初めての跡継ぎでみんなに可愛がられ、いつも誰かがお守りをしている状態だったと聞きました。
猛暑のある夏の日、山の麓の家に当時2歳前の洋一とその母親(祖母の叔母)が農作業を終えて昼寝をしていたのですが、ウトウトしている間に洋一が居なくなったのです。
不思議なこともあるのよ
洋一は2歳前のヨチヨチ歩きの子供だし、遠くへ行けるはずもない。
現代の様に自動車があるわけではない時代だったので、まずは家の中と近所を探してみることにしたんだそうです。
当時の便所はボットンなので、落ちていないか?とか、家の裏の水路に居ないか?とか、家族中で探し回ったとのことです。
家中と近所を見回ったが一向に洋一は見つからなくて、とうとう村中で探すことになりました。
村(近所の集落)の人々が朝夜問わずに鐘と松明を掲げて、「洋一よ~居たら返事しろ~」と探し回ったそうです。
しかし、一週間ほど探しても見つからないので、『神隠し』にあったんじゃないか?となり、捜索隊は解散されたとのことでした。
結局、洋一は見つからず。
捜索が打ち切られた後、洋一の両親は食うために仕方なく、山にある猫の額ほどの畑に出かけたのでした。
そして、畑で仕事をしているとお昼になったので、母親が食事の支度をするために薬缶を持って沢に水を汲みに行きました。
すると、水を汲んでいるその先の岩の間に、子供の足が天を突いて見えたそうです。
そこは家から3km以上も離れた場所で、2歳前の子供がとても一人で歩いて行けるような場所ではなく、ド田舎のため他所から人が入ってきて子供を連れて行けるような場所でもありません。
母親がその足の所へ行って見てみると、確かに洋一の着ていた着物で、洋一の死体だと理解できました。
すぐさま警察や消防を呼び、死体検分を行ったことを祖母から聞きました。
離れた町(津野町新田)からやって来た警察と消防が検分をした結果、不思議なことが多々あると言われたのです。
一つは、年端もいかない幼児がどうしてここまで来れたのか?
両親も疑われたようですが、潔白は証明されました。
もう一つは、死体にあった小さな穴。
2歳の小さな子供の体に穴がたくさん開いていて、一方から入って一方へ抜けている感じだったようだと祖母は言っていました。(祖母も死体を見ている)
蟹や虫が食ったにしても、こんな跡は警察も消防も見たことがないと不思議がっていたのですが、結局は科学的な原因は究明されずに『溺死』ということで片付けられました。
しかし、祖母は「えんこうの仕業だよ」とずっと言っていました。
身内である洋一さんの墓は、ちゃんと一族の墓の中に今でもあります。
物の怪というか、山では不思議なことがあるものです。
あとがき
今でも子供が川遊びに行く時には、鹿の角をお守り袋に入れて持たせています。
この『えんこう』という名前は『猿猴』と書き、河童と天狗の間の妖怪と高知県では伝えられていますが、私は本当に居ると思っています。
いざなぎ流でもちゃんと実在するとされているし、騙された話は高知県中に残っています。
※いざなぎ流
土佐国物部村(現高知県香美市)に伝承された独自の陰陽道・民間信仰。(wikipediaより引用)
祖母は霊魂や妖怪などは全く信じない人でしたが、この件に関してだけは「不思議なこともあるのよ」と肯定的でした。
(終)