「あの倉は入っちゃいかん!」
俺のじいちゃんが住んでいた田舎の実家には、結構大きな倉が2つあった。
家自体もそこそこ大きいが、そのうちの倉の一つは俺が田舎に住んでいた小学生くらいまでの時期に何度も中に入って遊んでいた。
中には何かの農作業器具や米袋など色々と置いてあったりしたが、特に変わった風でもなく普通の物置という感じだった。
倉の中はそこまで暗くはなく、俺が街に引っ越した後も、家族で実家に里帰りした時はその倉に入れてもらって遊んでいた。
そして、倉がもう一つあるのは知っていたが、それまではあまり気にしなかった。
ただ、じいちゃんが「あの倉は入っちゃいかん!」とずっと言っていたのは覚えていた。
「あの倉は・・・出る・・・」
その倉の扉の前には大きな南京錠が掛けられていて、その倉の扉が開いたのを俺は見たことがなかった。
ある時に母に聞いてみたが、母もその倉には入ったことがないという。
なんでも、昔からじいちゃんに止められていたそうだ。
その倉は結構古い物らしいが、いつから建っているのかは俺は無論知らなかった。
2つある倉は同じ形で、外から見ても変には見えない。
いつものように実家へ遊びに帰ったある年、じいちゃんの言葉をふと思い出した俺は、じいちゃんにそれとなくあの倉について聞いてみた。
だが、じいちゃんは「あの倉は・・・出る・・・からな・・・」と言って、それっきり口を噤(つぐ)んでしまった。
「出る?出るって何が?」
その後に何度聞いても、じいちゃんはそれっきり答えてくれなかった。
ただ、「あの倉は、開けん方がええ・・・」。
最後にそう言った。
時は過ぎ、俺が大学4年生の時のこと。
就職先も決まって少し落ち着いた頃、じいちゃんが亡くなった。
葬儀が終わり、実家には誰もいなくなった。
その後、実家自体もそろそろ古くなっていたので取り壊すことになった。
無論、2つある倉も一緒に取り壊される。
ただ、俺はあの倉がずっと気になっていた。
なので、取り壊す前に「あの倉の中を見たい」と両親に相談をしてみた。
父はあまり乗り気ではなかったが、母は理解をしてくれ、開けるだけでも開けてみよう、ということになった。
倉の扉のカギはじいちゃんが持っていたらしいが、実家中を探しては見たものの見つからず、業者さんに頼んで開けてもらうことにした。
業者さんは「でっかい倉ですねえ」と言いながら作業に取り掛かり、なんとかカギを開けてくれた。
扉は開き難かったが、皆で力を入れて開いた。
扉を開くと、目の前には一面真っ白な世界が広がっていた。
真っ白に見えるくらい、倉の中が白い蜘蛛の巣まみれになっていた。
それも、かなり大きな蜘蛛の巣が複雑に絡み合っていて、倉の奥が見えなかった。
俺はこんな蜘蛛の巣をそれまで見たことがなかった。
両親も業者さんも、その異様な光景に唖然としていた。
「こんなでかい蜘蛛がいるのか?」と。
その後、業者さんが人を呼び、時間をかけて倉の蜘蛛の巣を全部取ってもらった。
意外にも、蜘蛛の巣を張った蜘蛛は見つからなかった。
倉の中も、もう一つの倉と同じで、物が置いてあるだけの単なる物置だった。
特に変わった物はこれといって見つからなかった。
あの蜘蛛の巣以外は・・・。
今はもう、実家も倉も取り壊されて存在しない。
だが俺は、じいちゃんが言っていた「あの倉は・・・出る・・・からな・・・」という言葉が今でも気になっている。
(終)