誰も触れていないのに鳴り響くシの音
これは、私が小学5年生の時の話。
うちの小学校の音楽室は、1人1台のオルガンが机代わりになっていた。
田舎の小学校だからか、かなりボロい旧型のオルガン。
音楽の担任は吉田先生という少しキザで神経質な中年男性で、ある時にこの吉田先生が、「このあいだから誰も触っていないのにオルガンが鳴るんです」と言い出した。※仮名
最初は生徒の誰かがイタズラしているのだろうと思っていたそうだが、放課後に1人で音楽室で仕事をしていた時も鳴ったのだという。
それからしばらくして、音楽の授業中にみんなで合唱していると、吉田先生は突然「鳴ってる!」と叫んで、ピアノの手を止めた。
確かに、生徒全員が息を呑んだ音楽室に、静かにオルガンの音が響いている。
「シですよ、これはシの音です!」
吉田先生はイライラした様子で言った。
それ以降、音楽の授業中にオルガンが鳴ると、吉田先生は生徒を全員起立させて両手を上げさせ、生徒の間を歩き回って誰も触っていないことを確かめるようになった。
鳴るのはいつもシの音で、全員がバンザイしている中、古びたオルガンの音が静かに流れ続けるのは無気味な光景だった。
1人の男子が不思議さに耐えかねてオルガンの蓋を開けようとすると、吉田先生は「触らないで!見てはいけないもののような気がする」と彼を止めた。
こういうことがしばらく続き、翌年3月に吉田先生は自ら学校を辞めた。
退職理由は「オルガンが鳴るから」だったそう。
それからはオルガンがどうなったのか、記憶にない。
記憶にないということは、吉田先生の退職後はオルガンが鳴らなくなり、生徒たちはいつしかそのことを忘れていったのだと思う。
その後、私が中学生の時に吉田先生が体調を崩して療養中だと聞き、成人式では「死因はわからないが数年前に亡くなった」と聞いた。
吉田先生の死とオルガンの怪奇を結びつけるつもりはないが、最近になって、誰も触っていないのにオルガンが自発的に鳴ることがあり、少し気になっている…。
私は現在、母校の小学校で教員をしている。
(終)