誰も知らない木の置物
母が里帰りした際、実家から『木でできた置物』を持ち帰ってきた。
母方の祖母はすでに他界しており、祖父は痴呆が始まっていた。
置物は握り拳ほどの大きさで、何か特定の形をした彫り物ではなく、自然にできた木の瘤(こぶ)を切り取り、磨いただけのものに見えた。
木の種類はケヤキのようだった。
凹凸の加減や木肌の濃淡から、見る角度によっては崩れた人の顔、ムンクの叫びのような表情に見えることもあった。
奇妙だったのは、その置物が誰のものか、田舎の誰も知らなかったことだ。
誰がどこで手に入れたのか、伯母たちも従兄夫婦も誰もわからなかった。
「誰のものかわからないし、持って帰っていいよ」と言われ、母はそれをもらって帰ってきた。
ところが、物に執着しないはずの祖父が珍しく「それはダメだ。置いて行け」と繰り返したらしい。
しかし、周囲は痴呆の症状だろうと考え、適当に宥めて母に持たせた。
その日以来、毎晩母の夢枕に祖母が立つようになった。
祖母はとても温厚な人で、伯父や伯母、母の誰も叱られた記憶がない。
叱られることはなくとも、「こんなことをしたら母さんが悲しむだろうな」という気持ちが自然と湧き、悪いことから遠ざかるようになったという。
しかし、夢枕に立つ祖母は般若のような恐ろしい形相で、母を睨みつけ、見下ろしていた。
祖父があの置物に執着していたことを思い出し、さすがに気味が悪くなった母は、伯母に電話し、それを宅急便で実家に返した。
その日以来、祖母が夢枕に立つことはなくなった。
母には話さなかったが、実家から戻ってきた後、私は毎晩金縛りに遭うようになった。
当時、私は一人暮らしをしていた。
日中の仕事では極度の緊張が続き、夜になると体はヘトヘトなのに、脳が興奮してなかなか寝つけない。
やっとうとうとし始めたと思った瞬間、突然全身の毛が逆立つような感覚が襲い、血流のゴーッという音が響き、体が動かなくなった。
布団の周りを、複数の子供がスリッパを履いて走り回るような音がする。
「〇〇ちゃん?〇〇ちゃん?」と、私の名前を呼ぶ小さな子の声が聞こえる。
布団の両端を何かが異常な力で引っ張り、掛け布団と敷布団に挟まれて息が詰まりそうになる。
やがて、胸の上に何かがドスッと落ちてくる。
大型犬くらいの重さの何か。
その瞬間、記憶が途切れ、気がつくと朝になっていた。
同僚に話すと「疲労が原因だろう」と言われ、私もそう思っていた。
しかし、それがある日、突然ぴたりと止んだ。
次の日、母から電話があり、置物の話を聞かされた。
関連があるかどうかはわからない。
ただ、同じ時期に起こった出来事だった。
(終)
AIによる概要
この話が伝えたいことは、見知らぬ物には不思議な力が宿っていることがあるかもしれないということ、そして、人知を超えた何かが家族の間で静かに作用することもあるという感覚です。
母が何気なく持ち帰った木の置物は、誰もその由来を知らず、祖父だけが強く「持ち帰るな」と主張しました。その言葉を無視した結果、母は祖母の異様な夢を見るようになり、最終的に気味悪くなって置物を送り返します。
その後、母の夢は収まりましたが、代わりに今度は語り手が金縛りに遭うようになり、見えない何かが周囲に影響を及ぼしているように感じられます。そして、すべてが終息した後に母から置物の話を聞かされたことで、一連の出来事に不気味な関連性を見出します。
この話は、偶然とは思えない出来事が続いたことで、物に宿る何かの存在を意識せざるを得なくなる感覚や、見えないものに対する畏れを描いています。