消えた命とドアの向こうの何か
これは、大学の医学部時代の同期の話。
在学中は一緒に馬鹿をやった中ですが、今は専門を違えており、なかなか会う機会もありません。
そんな彼に久々に会った時のこと。
お互いに昼飯に行くところだったので、連れ立って昼を食べていると、彼が奇妙なことを言い出しました。
「俺さ、全く怖い話とか信じてないけど、あれは怖かったなぁ」
聞くと、彼が数日前の当直の日、受け持ちの担当患者さんの容態が急変したそうです。
その患者さんはかなりの高齢でしたが、容態は安定しており、本当に急な出来事だったと言います。
患者さんのご家族が駆けつけるまでの間、彼は心肺蘇生を試みておりました。
患者さんはなにぶん御高齢ですので、電気ショックは使えず、手技による心臓マッサージだったそうです。
やったことのある方は御存知かと思いますが、心配蘇生術はかなりの体力を使います。
彼は汗だくになりながら、必死にマッサージを繰り返していました。
しかし、患者さんの意識が戻ることはありませんでした。
患者さんのご家族に事情を説明し、開放されたのは深夜の2時を回った頃だったと言います。
(あと5分…、あと5分続けていれば心拍が戻ったんじゃないか…)
無駄だと頭ではわかっていても、ご家族の嘆きを見たり、実際に命が掌から滑り落ちる感覚を味わうと、そう思わざるを得ません。
彼は疲れた身体を引きずり、当直室へ戻りました。
疲れてはいるのですが、一向に眠気は訪れません。
しばらくぼうっとベッドに腰掛けていると、トントン、トントン、トントン…と、当直室のドアをノックする音が響きました。
「そりゃあ、不思議に思ったよ。なんだこんな時間に、って」
当直室にはナースセンターからの直通電話があり、普通はそこから連絡が来るものです。
(こんな深夜に当直室を訪れる人間などいないはず…)
怪訝に思いながらも、彼は返事をしながらドアを開けたそうです。
消灯時間を過ぎた、薄暗い、病院の廊下。
そこには誰の姿もなく、どこかに隠れた様子もありませんでした。
「おかしいなぁと思ったけど、どうしようもない」
彼はドアを閉め、再びベッドに腰を降ろしました。
すると、トントン、トントン、トントン…と、またノックの音。
出ても、誰もいない。
さすがに気味が悪くなって、彼は3回目のノックは無視していたそうです。
トントン、トントン、トントン…。
いつまでも続くのではないかと思うほど、ノックは続きました。
「そのノックな、きっかり5分続いたんだ」
患者さんが恨み言を言いに来たのか、お別れを言いに来たのか、それはわからないと彼は言っていました。
(終)
AIによる概要
この話の伝えたいことは、医療従事者として命を救えなかった無念さや後悔、そしてその瞬間に訪れる不可解な出来事が生と死の狭間での特別な体験として描かれていることです。彼は「あと5分」という思いに囚われながら、深夜に誰もいないはずの廊下から「5分間続くノック」を聞きます。この出来事は、患者が感謝や別れを伝えに来たのか、あるいは彼の心の葛藤が引き起こした幻聴なのか明らかではありません。しかし、それは命の重みや、医療現場における感情的・精神的な負担を象徴しており、その深刻さや不思議さを考えさせる内容になっています。