傘を受け取っていたらどうなった?
“雨の日”になると思い出すことがある。
これは、高校2年の夏休みの時の話。
その日、俺は友人の秋山と林の3人で買い物に出かけていた。※仮名
すると突然、雨が降り出した。
傘を持っていなかった俺たちは大慌て。
すぐ近くにあった屋根付きのバス停に駆け込んだ。
「雨の予報なんて出てなかったよな?」
そう言い合っていたら、林がスマホを見て「あ~、これゲリラ豪雨ってやつだ」と、ツイッターで確認していた。
仕方ないので、雨が止むまでバス停で待つことにしたんだけど……。
雨は周囲が真っ白に霞んで見えるほど激しく降っていた。
時折雷も鳴って、雷が苦手な俺はビビってしまい、秋山と林に笑われていた。
どれくらい時間が経っただろう。
無言で雨が止むのを待っていた俺たちの前で、林がふいに口を開いた。
「あれ?人がこっちに来るぞ」
林が指差した方を見ると、確かに前方から女の人がこちらに歩いて来ていた。
俺「雨宿りか?」
林「そうか?雨宿りするならもっと走って来るだろ」
秋山「ってか、傘さしてるじゃん。バスに乗る人だろ、普通」
そんなふうに話しているうちに、その女の人は俺たちのすぐ近くまで来た。
彼女は長い髪に黒いワンピースを着ていて、黒いレース模様の傘をさしていた。
そしてもう片手には、黒い傘を3本携えていた。
そのまま俺たちの目の前に立ち止まると、彼女は無言でその3本の傘を差し出してきた。
秋山「えっと……すみません。俺たちに傘を貸してくれるんですか?」
そう尋ねると、彼女は静かに頷いた。
秋山「どうする?貸してもらう?」
俺「いやいや、知らない人に傘もらうのは、さすがにちょっと」
林「それもそうだな」
秋山「よし、じゃあ……」
秋山が一歩前に出て、丁寧に頭を下げる。
秋山「すみません。お気持ちは嬉しいんですが、遠慮させていただきます」
すると彼女は差し出していた傘を引っ込め、そのまま何も言わずに歩き去っていった。
やがて視界から彼女の姿が消えた頃、林がポツリと呟いた。
「今の女の人の顔、見たか?」
俺「え?顔?いや、ちゃんとは見てなかったけど」
林「妙に恐ろしく白かった気がするんだよ」
俺は冗談交じりに笑ってこう返した。
「気のせいだろ。傘も服も黒かったから顔が白く見えただけじゃね?」
けれども、それを聞いた秋山と林の顔が急に曇った。
林「ちょっと待て!傘と服は赤かったぞ?」
秋山「はあ?俺には白く見えたけど?」
俺「待てって。怖いって。なんで全員があの女の色が違うんだよ」
俺たちは、それ以上何も言えず、ただ雨が止むまで彼女が歩き去った方角を見つめていた。
その後、特に何か起きたわけじゃない。
ただ、林はあの日のあと、風邪をひいて1週間くらい寝込んでしまい、夏休みのほとんどを棒に振ってしまった。
もし、あのとき傘を受け取っていたら、どうなっていたんだろう。
(終)
AIによる概要
この話が伝えたいことは、「日常の中にも、説明のつかない不思議や不気味な出来事が潜んでいる」という感覚です。そして、それに遭遇したとき、私たちは往々にして「何も起きなかったから大丈夫」と自分に言い聞かせるけれど、本当は何かとても危ないものがすぐそばまで来ていたのかもしれない、という含みもあります。
傘を差し出した謎の女は、何も語らず、何もしてこなかった。ただ静かに傘を渡そうとしただけです。でも、彼女の姿や雰囲気、そして3人それぞれが“違う色”に見えたという現象から、明らかに普通の人間ではないとわかります。
その後、特に事件が起こるわけでもない。だからこそ、余計に「もしあのとき傘を受け取っていたら?」という問いが怖く心に残ります。恐怖とは、必ずしも直接的な被害や怪異が起きることだけではなく、「わからないまま終わってしまうこと」「説明できないまま記憶に残ること」にも宿る、ということを静かに伝えているのです。
つまりこの話は、「不可解なものと接触することの危うさ」と「何も起きなかったことのありがたさ」、その両方を描いているとも言えます。何気ない日常の裏側に、ふと顔をのぞかせる“もうひとつの現実”を見てしまったとき、人はその場ではやり過ごしても、心のどこかでずっと引っかかり続けるのです。そんな不安を、静かに投げかけている体験談です。
>>傘を受け取っていたら
風邪を引かずに帰れただろう