誰もいない家に半年ごとに届く茶封筒

郵便配達の仕事をしていた頃の話。
ある日、誰も住んでいない空き家に、1通の茶封筒が届いた。
引っ越してきたばかりの家には、不動産屋や水道、電気関係の案内など、前の住人宛ての郵便が届くことがある。
そのときも、前の住人宛てのものだろうと思った。
そこで、配達に使う原簿を確認して、その名前の人が以前そこに住んでいたのか調べてみた。
もともと住宅街の一角にある家で、住人の入れ替わりが激しい場所でもない。
だから、それまで特に気にしたことはなかった。
ところが、いざ調べてみると妙なことが分かった。
その家だけで、これまでに4家族ほどが入転居を繰り返していた。
しかも、2番目以降の住人は、どの家族も3か月、長くても半年ほどで引っ越している。
今回届いた封筒の宛名も、すぐに見つかった。
最初にその家に住んでいた家族の世帯主だった。
原簿を持って班長のところへ行き、「転居につき還付をしたいので、押印をお願いします」と頼んだ。
すると、横からベテランのおじいさんが、ひょいと顔を出した。
「ありゃ、こりゃあダメだよ、ケンちゃん」
「え?」
「ここ、今は誰も住んでないけど、この名前で来たら、とりあえず配達してくれないけ?」
「えー?でも、あそこポストにガムテープ貼ってありますよね?」
「ああ。裏から回って、取り出し口から押し込んでくればいいよ。そういう決まりなんだ」
「そうなんですか?」
俺は班長に話を振った。
すると班長は、「いや、俺は知らないなぁ。返さないとまずいんじゃないの?」と首を傾げる。
すると、おじいさんが笑いながら言った。
「小林君は異動してきたばかりだからなぁ」※仮名
「何かあるんですか?」
「前にこれ返したらさ、送り主がえらい剣幕で乗り込んできたんだよ」
「え?」
「凄かったぞぉ。そこの机を蹴っ飛ばして、『なんてことをしてくれたんだぁ!?』って叫んでさぁ」
「どんだけっすか……」
「いや、本当だって。その人が言うにはな、『その家にはその人が住んでる。それを決まった時期に送ってあげないと大変なことになるんだ!』って。もう、すごい剣幕でな」
そこで、おじいさんは少し間を置いて、「まぁ……あんな家だし、そういうもんなのかもしれねぇけどな」と呟いた。
俺は、その家について詳しく聞かせてもらうことにした。
ただ、仕事中では話が長くなるので、仕事が終わってから酒でも飲みながら話そうということになった。
仕事を終えると、俺たちは職場の先輩のご両親がやっている小料理屋へ向かった。
ビールを1杯ひっかけてから、おじいさんは顔を真っ赤にしながら、ゆっくりと話し始めた。
もともと、その家はバブル期に”佐藤さん”という人が購入した家だった。※仮名
佐藤さんは、どこかの中小企業の社長をしていたらしい。
ところが不景気の煽りを受けて会社が傾き、ある日、家族揃って失踪してしまった。
「督促状だの、特送だのが来てよぉ」
おじいさんは、当時を思い出すように言った。
「裁判所からのやつなんぞ持っていくと、奥さんが疲れたような、申し訳なさそうな顔をして、『またですか』って言うんだよ」
「……」
「俺も長いことやってるけど、あの顔は忘れられねぇや。こっちが悪いことをしてるような気分になるんだ」
その後、家は売りに出され、1年ほどして買い手がついた。
そして、その頃から奇妙なことが起こり始めた。
ある日、おじいさんが書留を持って、その家を訪れた。
呼び鈴を押す。
すると、家の中から「……トン、トン、トン」と、階段を誰かが下りてくるような音が聞こえた。
すぐにドアが開くと思い、しばらく待った。
しかし、いつまで経っても開かない。
もう一度、呼び鈴を押した。
すると、また家の中から物音がする。
誰かが動いている。
それなのに、返事がない。
しびれを切らしたおじいさんは、不在通知をポストに入れて帰った。
ところが翌日、再配達の依頼が入った。
再びその家へ行き、「昨日はお忙しかったようですね。何度も呼んだんですが、聞こえなかったみたいで」と、少し嫌味を込めて言った。
すると家の人は、「昨日は日中ずっと出かけていたんです。何度もご足労をおかけして、申し訳ありません」と答えた。
そこで、おじいさんは聞いた。
「あれ?昨日の昼間、誰かいたような物音がしたんですが」
家の人は怪訝そうな顔をした。
「え?昨日は日中、ずっと留守にしていましたよ?」
「そうですか?誰か2階から下りてくるような音と、それから中でバタバタと歩き回っているような音がしたんですが」
すると家の人は、「うち……主人と2人暮らしですし、ペットも飼っていませんの」と、気味の悪そうな顔をして言った。
そして、パタンとドアを閉めた。
それからしばらくして、表札が外された。
その後も、その家には何組かの人が引っ越してきた。
しかし、どの家族も長くは住まなかった。
3か月。
半年。
長くても、それくらいだった。
そして、いつの間にかいなくなっていた。
近所でも、その家は噂になった。
おじいさんが聞いた話では、家の者が留守にしているはずの時間帯に、家の中から誰かが動いている気配がする。
回覧板を回しに行くと、家の中から物音はする。
それなのに、誰も出てこない。
子供たちは登下校の途中、その家をふと見ると、「2階の窓から子供がこっちを見ていた」と言った。
風もないのに、干してあった洗濯物が全部地面に落ちていたこともあった。
表札が、いつの間にかなくなっていたことも何度もあったという。
そして、一番最後にその家に住んでいた人が出て行ったときのこと。
たまたま近所の人が居合わせて、話を聞いたらしい。
おじいさんは、そこで少しニヤッとして言った。
「最初はな、家具の位置が違ってたり、閉めたはずのドアが開いてたり……その程度だったらしい」
「気のせいかな、って?」
「そうそう。ところが、それが段々ひどくなっていった」
何もないのに食器が落ちて割れる。
突然、誰も触っていないガスコンロに火がつく。
夜中になると、誰かが言い争っているような声が聞こえる。
そして最後には、「出て行け……出て行け……」という声が、どこからともなく聞こえてくるようになった。
いるはずのない人間の気配まで感じるようになり、その人はとうとうノイローゼになってしまったという。
「でな……」
おじいさんは、ビールを一口飲んだ。
「あの家の今の売値、いくらだと思う?」
「さあ……」
「600万円だとよ」
「安っ」
「だろ?周りの3分の1以下だ」
そこまで値段を下げても、誰も寄りつかない。
不動産屋も、完全に持て余しているらしい。
「でも、しょうがねぇよなぁ」
おじいさんは、そう言って笑った。
「あの家は、佐藤さんの家なんだ」
「……」
「周りに追い詰められてよ。家まで追い出されたんだ」
そして、ぽつりと呟いた。
「どこにも行くあてのない可哀想なホトケさんが、成仏できずに、あそこには住んでるんだよ」
結局、封筒に何が書かれているのかまでは分からなかった。
ただ、その封筒は半年に一度、決まったように届くらしい。
そして、俺が配達した翌日。
気になって、もう一度その家のポストを覗いてみた。
ポストには、何年も前から放置されているようなDMやチラシが、山のように残っていた。
当然、その封筒も、その中にあるものだと思っていた。
ところが、あの茶封筒だけが、なくなっていた。
ガムテープで塞がれたポスト。
誰も住んでいない家。
何年も放置されたDMやチラシ。
それなのに、半年に一度届く茶封筒だけが、なくなる。
あの家は、今も空き家のままだ。
そして今でも半年に一度、あの名前宛ての封筒が届いているのか。
それを確かめる気には、もうなれなかった。
(終)
AIによる概要
この話が一番伝えたいのは、「人がいなくなったからといって、その人の思いや執念まで消えるわけではない」ということです。
佐藤さん一家は、会社が潰れて追い詰められ、最後には家を出ていなくなってしまいました。普通なら、その家は空き家になって、別の人が住み始めれば、それで過去のことは終わったはずです。
でも、この家では終わりませんでした。
佐藤さん一家にとって、その家は最後まで自分たちの「家」だった。だから、いなくなった後も、その場所に執着が残ってしまった。そして、後から住み始めた人たちを追い出してしまう。
半年に一度届く茶封筒も、その象徴です。誰も住んでいないはずなのに、佐藤さん宛ての郵便だけは届き、しかも誰かがそれを受け取っている。つまり、「佐藤さんはもういないはずなのに、今もあの家にいる」ということを最後に示しています。
だから、この話は「幽霊が怖い」というだけの話ではありません。
居場所を奪われた人間の無念は、本人がいなくなっても残り続ける。人間にとって、自分の家や居場所を失うことは、それほど大きなことなのだ。
それが、この話の一番わかりやすい意味だと思います。

































