消えぬ怨念と村を包む炎
知り合いの話。
まだ学生だった頃、彼女の村では『火事』が相次いで起こったという。
放火と思われたが、山間の小さな集落ということもあり、そんなことをすればすぐ村の皆にわかるはずだった。
それなのに、犯人の見当もつかない。
住人は戦々恐々としていたという。
ある夕暮れ、彼女はお使いを言いつけられて家を出た。
近くの店で豆腐と味噌を買ってから家路に着く。
近道をしようと、近所の畑に踏み入った。
その時、視界の外れに誰かが立っているのが見えた。
畑の端に大きな柿の木があり、その根元にひょろりとした影がひとつ。
見知っていたお婆さんだ。
白い着物を着ていた。
どこかに違和感を感じ、すぐにその理由に思い至る。
その老婆は前年の暮れに亡くなっていた。
動けなくなった彼女の目の前で、老婆はカラカラと笑い始めた。
どこか大事な箇所が切れてしまったような、そんな笑い方だった。
ただもう恐ろしく、ぺたんと腰を落としてしまったという。
同時に、パチパチという音が聞こえてきた。
慌てて振り向くと、その畑の持ち主の家が燃えていた。
火は初めは小さかったが、すぐに大きく燃え広がった。
それを見た老婆は頭を振りたくり、ますますカラカラと笑い続ける。
まるで老婆の大笑に合わせるように、火はどんどんと激しくなっていった。
彼女はしばらく呆然としていたらしい。
正気に戻ると、すでに火は消し止められていて、家は燃え落ちずに済んだようだった。
老婆はいつの間にか姿を消していた。
消防団員が「大丈夫か?」と声をかけてきたが、腰が抜けたようで歩けなかった。
放火魔を見たということで、彼女は警察の事情聴取を受けた。
信じてくれるかわからなかったが、見たままを話した。
案の定、呆気に取られたような顔で何度も繰り返し確認されたそうだが、意外なことに、何人かの官が「やっぱり」という表情をしていた。
どうやら、放火騒ぎのあった家々とその老婆は、何かの事情で揉めていたらしい。
家に帰ってから家人にそう聞いたのだという。
その詳細までは教えてはくれなかった。
「あっこの家のもんは死んだあとの方が恐ろしい」※あっこ=あそこ
大人が小声でそう言っていたのを、なぜかよく覚えているのだそうだ。
(終)