2人きりじゃなかった部屋
これは、当時の彼女が住んでいたワンルームでの話。
安さだけで決めたというだけあって、壁は薄いし、夏は暑くて冬は寒い。
おまけに築年数もかなり経っていて、トイレは風呂場と一緒のタイプ。
玄関を入ってすぐに狭くて細いキッチンスペースがあり、その先に8畳のリビングがあった。
角部屋だった為、外階段を昇り降りする音も聞こえてくる。
彼女はだいぶ図太い神経をしていたのか、全く気にならないと言っていた。
偽物ではない、本当にサバサバとした男友達のような性格に惚れて付き合っていた。
俺も一人暮らしをしていたのだが、大学もバイト先も俺の部屋の方が近かったせいか、ほとんど俺の部屋で半同棲のような形で生活していた。
何度か彼女の部屋へ遊びに行ったことはあるが、初めて泊まったのは付き合って2ヶ月くらい経ってからのことだった。
部屋に入るなり、彼女は「うーん…」と唸りながら狭い部屋をパタパタと片付け始めた。
俺の部屋と比べたらかなり片付いているのだが、彼女は気になるようで、せっせと俺が居られるスペースを作ってくれた。
話に聞いていた以上に壁が薄く、静かにしていれば隣の部屋のテレビの音も聞こえてきた。
当然、彼女もBGM代わりに見もしないテレビをつけて生活音を消していた。
お酒も入っていたので、狭いベッドに抱き合う形で布団に入り、その日は早めに眠ることにした。
ただ、慣れない布団で眠ったからか、夜中に目が覚めた。
彼女を起こさないようにベッドから降りて、小さなテーブルの上の飲み物に口をつけた。
その時にふと、誰かが呟くような声が耳に入ってきた。
彼女の寝言かと思ったが、どうやら違うらしい。
息を殺して耳を澄ませていると、その呟きが何を言っているのかが耳に届いた。
「出て行け…出て行け…」
小さく囁くように、その言葉だけを繰り返していた。
鳥肌が立った。
彼女を起こしてコンビニに行こうと誘う。
とにかく一度、この部屋から出たかった。
彼女はメンドクサイと言いながらも付き合ってくれた。
「なあ、隣の部屋の人、ちょっと変だって」
「ん?なんで?」
「ずっと小声で、出て行け、出て行けって囁いてるんだもん」
「あー、あの声か。あんたにも聞こえたんだ」
「どういうこと?」
「あれ、隣の部屋の人じゃないよ」
「え?」
俺は、その時まで幽霊やら心霊現象やらを全く信じていなかった。
でも、よくわからないのだが、直感でこれは『そういうもの』だったのかと、ストンと腑に落ちて納得してしまった。
「部屋の物をちょっと動かしたり、たまにピシピシ音を鳴らしたり、視界にチラチラ入るくらいだから気にしないのが一番だよ。何か言っててもテレビつければ聞こえないしね」
彼女の神経の太さに驚いた。
そして、自分の肝っ玉の小ささにも。
彼女がいる心強さを頼りに部屋に戻ってみると、声は何も聞こえなかった。
「ほらね。気にしないのが一番だよ」
彼女はそう言ってベッドに入った。
だが、俺はテーブルの上に置いたはずのペットボトルが倒れているのを見て、もう二度とこの部屋には泊まらないと心に決めた。
怖さでまるで寝られなかったし、やっぱり声は聞こえてきた。
この日以来、変なものが見えたり聞こえたりするようになってしまったことが、最も洒落にならないことだと思っている。
図太い彼女は子供の頃から、そういうものを見たりしていたらしい。
だが、他人に話しても信じてはもらえないし、基本的には誰にも話さないで過ごしてきたそうな。
でも、共通の体験をしたせいか、俺には色々と教えてくれた。
彼女が教えてくれた話の1つを紹介する。
彼女の祖父は、彼女が高校生の時に亡くなった。
一緒に住んでいたので、お通夜も葬儀も自宅ですることに。
親戚が何人も泊りに来て大変だったという。
お通夜の夜は、線香とろうそくの火を絶やさないように交代で寝ずの番をするというので、彼女も親戚と一緒に起きていたが、どうにも眠くなり交代してもらった。
2階の自分の部屋に行き、ベッドに入るとすぐにウトウトし始めた。
と、その時、窓がコツコツと叩かれる音に気づいた。
コツコツと叩き、またしばらくするとコツコツと叩く。
一緒の部屋に寝ていた従姉妹もその音に気づいたらしく、目を覚まして彼女に話しかけてきた。
「何の音?」
「窓じゃない?」
「おじいちゃんが来たのかな?」
「おじいちゃんなら家の中にいるでしょ。あれは別のもの」
彼女が素っ気なく答えると、従姉妹は真っ青な顔をして彼女の布団に潜り込んできて、ずっと震えていたらしい。
彼女は従姉妹を撫でながらそのまま寝たが、何度か従姉妹から起こされたと笑っていた。
そんな話を聞かされる俺は鳥肌が止まらないし、怖いし、彼女は笑っているしで、なんだかよくわからなくなった。
「火車っていう妖怪、知ってる?」
「かしゃ?」
「生前、悪いことをした魂を地獄に連れて行くっていう妖怪なんだけどね」
「おじいちゃん、なんか悪いことをしたの?」
「そうじゃないよ。でも、あの時に来たのはそれに近いものだと思う。すごく飢えてるような、そんな感じだったから」
「なんか怖いな」
「あと、私は寝てて気づかなかったんだけど、夜中に1回、インターホンが鳴ったんだって」
「誰が来たの?」
「誰も」
「玄関を開けたら誰もいなかったとか?」
「ううん。誰も玄関は開けなかったってさ。こんな時に来るようなのは悪いもんだ!って誰も出なかったらしいよ。さすが信心深い田舎の人だよね。あとインターホンの画像にも、何にも映ってなかったしね」
彼女の説明によると、最近のインターホンは押されると防犯のためか、自動的に録画する機能があるらしい。
「…て、ことは?」
「インターホンが押されたのは事実だってこと」
また鳥肌が立った。
(終)
AIによる概要
この話の伝えたいことは、日常の中での「心霊体験」を通じて、人間の感情や関係性の深さに触れ、同時に「見えない世界」の存在を暗示しているところにあります。彼女は霊的なものに慣れており、冷静で余裕がある態度を見せていますが、語り手はその一方で心霊現象に恐怖を感じ、彼女の強さと自分の弱さを改めて認識します。この対比が、霊感のある人とない人の違いや、それが関係に与える影響を浮き彫りにしています。物語のラストにかけて語られる幽霊や妖怪の話からは、怖さとともに異世界への畏敬の念を抱かせ、単なる恐怖の体験談以上の深みを持たせています。