彼女はまだそこにいる
俺の従兄は『生霊』をやたらと見てしまう体質だ。
死者の霊を見ることは稀だが、生霊は毎日のように見てしまうとか。
従兄は大抵、生霊と普通の人間の見分けがほとんどつかない。
ある日のこと、呼び出されて一人で来た俺にも、「おっ、彼女連れて来たの?」と言ってきた。
聞けば、“俺の斜め後ろに女性がいる”のだという。
従兄が説明した女性の風貌にとても心当たりがあったので、その時は心底肝を冷やした。
数日前、今の彼女と別れて自分と付き合え、ダメなら二股でもいいから付き合えと無茶を言ってきた女性だ。
もちろん従兄とは何の面識もない女性だし、彼女についての話を俺がしたこともない。
そんな従兄と飲みに行った帰りのこと。
住宅街の細い路地を並んで歩いていると、前から車が走ってきた。
歩道のない細い道だったので、俺と従兄は道路脇の塀にくっついて車が通り過ぎるのを待った。
スピードを落として横を通り過ぎる派手な赤のアルファロメオを横目で見やると、チャラそうなカップルが乗っていた。
無事に通り過ぎたので歩き出そうとした瞬間、前にいた従兄が塀に手をついて座り込んだ。
「なんだよ、酔った?」
吐きそうになっているのかと思い、隣にしゃがんで従兄の顔を覗き込むと、従兄は真っ青な顔で口元を押さえていた。
「…ヤバいの見たわ」
「見たって、何を?」
「生霊」
もはや生霊を見ることが慣れっこになっているはずの従兄が震えている。
これは余程のものを見たのだろう。
従兄は「ちょっと待って」と言って何回か深呼吸をしてから立ち上がり、「よし」と何事もなかったかのように歩き始めた。
慌てて後を追いながら何を見たのか問いただすと、従兄はあまり言いたくなさそうな様子ながらも、ぽつりぽつりと話してくれた。
「車の屋根にな、女が乗ってたんだよ。白っぽいヒラヒラした半袖を着て、茶色のスカートを履いた若い子。それが髪を振り乱しながら運転席の上を包丁でメッタ刺しにしてんの。ありゃマズイよ」
従兄いわく、生霊はほとんど“手ぶら”なのだそうだ。
それが包丁なんか持って車をメッタ刺しにしているというのは、ただの執着を超えて明確な殺意を抱いている証拠だという。
「お前も早く後ろの子をなんとかした方がいいと思うよ。今はまだ手ぶらだけどな」
そう言われ、俺はあらためて肝を冷やした。
(終)
AIによる概要
この話が伝えたいことは、人間の強い執着や未練が「生霊」として現れるほど影響を持つ場合、その感情が他人を脅かす危険性があるため、感情の暴走や他人への執着を手放すことの重要性です。また、語り手が自身の過去の行動を見つめ直す必要性を通して、人間関係において無責任な言動がどのような結果を招くかを警告しているとも言えます。