お化けが消えたあの日
今から25年ほど前、私は5歳でした。
その頃、家の中で『変なもの』が見えることがありました。
夜中に目を覚ますと、白い着物を着た女性が立っていたり、天井から声がして私の名前を呼ばれたりすることが日常茶飯事でした。
私以外の家族、両親や姉には、そういった経験がないようで、次第に「自分にしか見えたり聞こえたりしないのだ」と気づくようになりました。
害は特にありませんでしたが、2階の両親の寝室に入るのだけは怖かったのを覚えています。
理由は、最も変なものが見える場所だったからです。
その部屋には居座る存在はいませんでしたが、入るたびに違う何かがいました。
歌を歌っているだけのものや、長い髪の女性、毛むくじゃらの男など、とにかくその部屋が嫌いでした。
ある日、母と出かけることになり、私のお気に入りの服が2階の寝室にあるから取ってきてほしいと言われました。
私は当然嫌がりました。
「お化けが出る!」と泣きわめいたのを覚えています。
しかし、母は私が言い訳をしていると思ったのか、無理にでも行かせようとしました。
私はますます大騒ぎし、駄々をこねました。
そのうち母は私の腕を乱暴に掴み、寝室へ連れていきました。
そして母は寝室のドアを開け、私を部屋に押し込めたのです。
「わーーっ!」
私は泣き叫びながら、母に助けを求めました。
「お化けなんていないでしょ!」
母に叱られましたが、私は必死に首を横に振り続けました。
「お化け!怖いのがいる!」
「どこよ!」
「そこ!モジャモジャのがいる!」
私は目の前に見える毛むくじゃらのものを指差しましたが、母には見えていないようでした。
母は私を叱り続け、さらに部屋の奥へと押しやりました。
その時も、毛むくじゃらのもの、今思うと全身が毛深い男のようなものは特に攻撃的な様子はなく、こちらを無視している感じでした。
すると、母は大きな声でこう叫びました。
「お化けなんていないわよ!失礼だわ!」
その瞬間、モジャ男は消え、部屋の空気がぱっと明るくなりました。
部屋中の悪いものが一気に弾き飛ばされたような感じでした。
それ以降、変なものが現れることはなくなりました。
私が見えなくなったのではなく、母が追い出してしまったのだと思います。
それにしても、母が叫んだ「失礼ね!」という言葉。
父と2人でやっとの思いで購入した一戸建てを、お化け屋敷と呼ばれるのがよほど許せなかったのでしょう。
最近、このことを母と話しました。
私はこう尋ねました。
「お化けって本当に見えてたのに、お母さんは信じてくれなかったよね。今でも信じてない?」
母は「ふふ」と笑い、それ以上は何も言いませんでした。
(終)
AIによる概要
この話が伝えたいことは、「見えないもの」との向き合い方や、母の言葉が持つ不思議な力です。幼い頃の語り手は、誰にも見えない存在を感じていましたが、母は強く否定し、「ここは安心できる家なんだ」と示そうとしました。
特に印象的なのは、母が「失礼ね!」と一喝した瞬間。それまで怖かった存在が消え、部屋の空気が変わったように感じられました。それは偶然かもしれませんが、母の気迫が現実に影響を与えたようにも思えます。
大人になった語り手がその出来事を話すと、母は「ふふ」と笑うだけ。このやりとりには、子ども時代の不思議な記憶を懐かしく振り返るような温かさがあります。この話は、ただの心霊体験ではなく、母の言葉の力や家族の絆を感じさせる体験談です。