私に付きまとう死の気配

20代初めの頃、私は病院で働いていました。
所属は末期癌病棟で、業務内容は医療機器の整備や操作です。
ある宿直中の深夜、病棟を見回っていると、『黒い影』を目撃しました。
その影はトコトコと歩いて、ある個室病室へ入って行きました。
私は「患者さんがトイレに行ったのだろう」と思い、スタッフステーションへ戻りました。
2日後。
その患者さんが亡くなりました。
自立歩行でトイレに行けるほど元気だった方が、なぜ急に……と、強い印象が残っています。
それから数ヶ月後、再び黒い影を目撃しました。
そいつは夕方の薄暗い廊下を横切り、またある病室へ入って行ったのです。
そしてまた2日後、その病室の患者さんが亡くなりました。
その後も何度か影を目撃しました。
その影は、腕のない人間のような姿で、漢字の『人』という字の上に頭部を乗せたような形をしていました。
大きさは成人男性ほどの時もあれば、子供くらいの時もありました。
その人影が現れると、1~2日後には必ず誰かが亡くなるのです。
もちろん、末期癌病棟なので患者さんが亡くなること自体は珍しくありません。
しかし、その人影が現れた時は、安定していたはずの容態が急変して亡くなるのです。
気味が悪くなって先輩に相談すると、こう言われました。
「それはきっと病気の本体なんだよ。俺が忘れてやるから、誰にも言うんじゃねぇぞ。患者さんが怖がるからな」
私は言いつけ通り黙っていましたが、傍で聞いていた同僚が面白がって言いふらしてしまいました。
そのせいで私と組んで働くことを嫌がるスタッフまで出てきて、結局は退職せざるを得なくなったのです。
ちなみに、この出来事は10年近く前のことです。
ではなぜ、今さらそんな昔のことを思い出したのか。
理由があります。
退職後、いくつかのバイトを経て、4年ほど前に今の会社に入社しました。
今の会社はペット関係で、ペット用品や、仔犬・仔猫・ウサギなどの小動物を取り扱っています。
そこで3年間販売を担当し、1年ほど前に商品管理部の動物部門へ配属されました。
そして、また”あの人影”を見るようになったのです。
誰もいないはずの飼育室に、誰かがいる。
その1~2日後に、仔犬や仔猫が亡くなる。
検便や血液検査をしても原因は不明。
しかも、死亡した動物の8割は私が発見者でした。
そして、ふと思ったのです。
あの黒い人影は、亡くなった患者さんや仔犬たちに憑いていたのではない。
あいつが憑いているのは、“私”なのではないか、と。
(終)
AIによる概要
この話が伝えていることは、語り手の人生に繰り返し現れる「黒い人影」という存在が、ただの偶然や幻覚ではなく、何か避けがたい死の兆しのように感じられている、ということです。
最初は病棟という特殊な環境ゆえの偶然だと思えた出来事が、職場を変えても同じように起きることで、「死に寄り添う影」ではなく「自分自身に憑いているものなのではないか」という恐怖と確信に変わっていきます。
つまりこの話は、目撃体験そのものの不気味さ以上に、「死」という避けられない現象に自分自身が無意識に結びつけられているのではないか、という深い不安と孤独感を語っているのです。
要するに、ただの怪談ではなく「死の気配をまとって生きざるを得ない自分」という存在の自覚と、その恐ろしさややるせなさを読者に突きつけている体験談だといえます。

































