左目を差し出したあの夢の夜

河原の前に立つ不気味な男

 

16歳の頃だっただろうか。

 

初夏の熱帯夜の日に、こんな夢を見た。

 

モヤがかかった河原を歩いていると、人が2人、争っているのが見えた。

 

慌てて駆け寄ると、女が2人……いや、髪が長いが1人は男だった。

 

着流し姿で、まるで落ち武者のような長い髪をしている。

 

そいつが馬乗りになって、女性の首を絞めていた。

 

女性をよく見ると……「お母さん!?」

 

私の母だった。

 

母は苦しそうにうめいている。

 

私が「何やってやがんだ!」と叫ぶと、男はゆっくりとこちらを振り向いた。

 

片方の目が潰れ、耳と鼻が削ぎ取られ、歯も何本か抜けている。

 

開いている方の目で私をギロリと睨みつけ、こう言った。

 

『カツサダに……カツサダに目ぇ取られた。あとひとつ、あとひとつ、こいつからもらう』

 

再び母の方へ向き直ると、今度は握り拳で母の顔面をガンガン殴り始めた。

 

何とかして母を助けようと思った私は、はっきりとは覚えていないが、咄嗟にこう叫んでいた。

 

「目が欲しいんなら、うちの目ぇくれてやる!お母さんを返せ!」

 

男は殴るのをやめ、目のない顔をこちらに向けて、ニヤ〜と笑った。

 

そして母から手を離し、私に向かって飛びかかってきた。

 

視界は真っ暗になり、気がつくと汗びっしょりで目が覚めていた。

 

それだけではない。

 

起きる直前まで、私は自分の左まぶたを自分の左手でガリガリと掻きむしっていたのだ。

 

その痛みで目が覚めたのだと思う。

 

その日、眼球はパンパンに腫れ、眼科に行く羽目になった。

 

医師曰く、「失明の心配はないが、レンズに傷がついているので視力低下は免れない」とのことだった。

 

おかげで今も視力は、右が1.5、左が0.3である。

 

後日、お彼岸か何かで母方の実家に集まったとき、母がこんな話をした。

 

「夢の中で知らない男に首を絞められて、死にそうになったんだけど、この子(私)の『お母さん!お母さん!』って声が聞こえて、ふっと楽になったんよ」

 

私は驚き、自分が見た夢の話を母に話した。

 

すると母はボロボロと涙を流し、祖母は嗚咽しながら何度も謝り始めた。

 

「ごめんなぁ、ごめんなぁ」と。

 

そして祖母は、重い口を開いた。

 

母方の7、8代前の先祖に[カツサダ]という男がいたという。

 

藩の牢番を務め、特に拷問役を任されていたらしい。

 

残忍な性格の男で、拷問の途中でしばしば”事故”と称しては、罪人をいたぶり殺していたという。

 

焼きごてを当て、両目を潰し、爪を剥がし、歯を抜き、耳や鼻を削ぎ落とし、陰茎を切り取って罪人自身に食べさせる。

 

甚だしい鬼畜な行いだった。

 

カツサダの死後も祟りは続き、一族内では凶事が相次いだため、本家では毎年一度、地鎮祭のような厄払いを欠かさず行っていた。

 

だが、あの年はたまたま祖母が入院しており、それが行われなかったという。

 

祖母はそのことをしきりに謝りながら、さらに続けた。

 

祖母が嫁に来た年、祖父が26歳の時のこと。

 

たまたま結納の時期と重なり、その年もお祓いは行われなかったそうだ。

 

そしてその年、祖父もまた私と同じような夢を見たのだという。

 

夢の中で祖父が河原を歩いていると、両目のない男が現れた。

 

男は祖父の顔を鷲づかみにし、「カツサダぁ、目ぇ返せ」と叫んで、右目をえぐり取っていった。

 

その頃から祖父は白内障を患い始め、半年のうちに右目を失明してしまった。

 

生前、祖父の白く濁った右目を何度も見ているので、私はそれをよく覚えている。

 

「両目のない男って言ったよね。うちの夢では片方あったんやけど」

 

愚問だった。

 

祖母は当然のように言った。

 

そりゃあ、片っぽは爺さんの目だぁな。目ぇ覚める時に男が『次は左目を返してもらう』って言うたんだと。〇〇(私)には悪いことをしたがぁ。両目が揃えば、もうあれも出ぇへんやろう」

 

私は震えが止まらなかった。

 

視界が真っ暗になり、左目の痛みと共に目覚める瞬間、あの男は確かに、私にこう囁いたのだ。

 

『次は耳を返してもらう』

 

きっとまた、夢の中にあの男は現れるのだろう。

 

私の子か、それとも孫の代か。

 

今度は両目の揃った、耳のないアイツが。

 

目、耳、鼻、歯、命……。

 

奪われたものをすべて取り返すまで、あの男は夢に現れ続けるのだろう。

 

カツサダの子孫を、永遠に恨み続けながら。

 

(終)

AIによる概要

この話が伝えたいことは、人の行いが時を越えても消えず、罪や残酷さはその血を受け継ぐ者たちへと形を変えて報いを与えるという恐ろしさです。

拷問官カツサダの残虐な行為は、彼自身の死で終わらず、むしろその魂が呪いとなって子孫を代々襲う。しかもその呪いは、夢という形で現実に入り込み、実際の肉体へと傷を刻むほどに強い。つまり「過去に犯した悪は、完全には消えない」という因果の必然が描かれています。

同時に、これは“親子の絆”を通して祟りが可視化される話でもあります。母を助けようとした娘の無償の叫びが、結果的に自分自身を呪いに結びつけてしまう。愛や勇気の行動が皮肉にも“呪いの継承”を完成させてしまう構造は、人間の善意さえも逃れられない因縁の網のように感じられます。

つまりこの話は、「過去の罪は形を変えて必ず報いをもたらす」という教訓と、「人は知らず知らずのうちにその因果を受け継いでしまう」という宿命の恐怖を伝えているのです。

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