40キロで走る車に追いつく女の子

車を追う不気味な少女

 

4年ほど前、関東某県の田舎町での出来事。

 

会社からの帰り、俺はいつも決まった農道を使っていた。

 

畑が続き、ところどころに民家が固まっている。

 

その道を抜ければ、国道につながる大通りに出る。

 

夜の農道は街灯も少なく、不気味だった。

 

無論、明るい別ルートもある。

 

ただ、この農道を抜けたほうが断然近い。

 

コンビニに寄る用事でもない限り、俺はいつもその道を通っていた。

 

その日も仕事を終え、車を走らせていた。

 

時刻は夜の10時半頃。

 

農道は狭い。

 

畑と畑の間の土手に無理やり道路を通したような道で、ガードレールもほとんどない。

 

大型車は入れないが、4トン車クラスの対向車が来ると、すれ違うだけで神経を使う。

 

だから速度はせいぜい40キロ程度だった。

 

住宅地を抜け、再び畑の中に入った頃だった。

 

車の右側から、声がした。

 

「待って」

 

若い女というより、女の子の声だった。

 

窓は閉め切っていた。

 

それなのに、妙にはっきり聞こえた。

 

驚いてミラー越しに右後ろを見る。

 

誰もいない。

 

前後にも車は見当たらない。

 

事故か何かか。

 

誰か困っているのかもしれない。

 

俺は速度を落とし、車を停めた。

 

振り返る。

 

だが、誰もいなかった。

 

急に薄気味悪くなり、俺は再び車を走らせた。

 

すると、また声が聞こえた。

 

「待って、待って」

 

今度は足音まで聞こえる。

 

パタパタと、小さな足音。

 

後ろから近づいて来る。

 

バックミラーを見る。

 

ちょうど街灯の脇を通ったところで、その姿が見えた。

 

子供だった。

 

長い髪が揺れている。

 

赤っぽい服を着た女の子。

 

必死に何か叫びながら、こちらへ走って来ていた。

 

助けを求めているのか。

 

一瞬、止まろうと思った。

 

だが次の瞬間、違和感に気付いた。

 

近すぎる。

 

車は40キロほど出ている。

 

なのに、女の子はぴったり付いて来ていた。

 

息ひとつ乱さずに。

 

俺はアクセルを踏み込んだ。

 

民家の辺りは道がくねっていて危険だったが、それどころではない。

 

ミラーを見る。

 

女の子が近づいて来る。

 

もう、すぐ後ろだった。

 

そのとき、気付いた。

 

赤い服ではなかった。

 

白かったのだ。

 

白いパーカーかトレーナー。

 

ただ、胸元から上が真っ赤だった。

 

顔中、血まみれだった。

 

長い髪の隙間から覗く顔も、服も、べったりと血に染まっている。

 

「待って」

 

「待って」

 

それでも表情ひとつ変えず、そう言いながら走って来る。

 

何キロ出したのか覚えていない。

 

かなり危険な運転だったと思う。

 

それでも女の子は離れなかった。

 

ぴたりと後ろにいた。

 

早く大通りへ。

 

人のいる場所へ。

 

それだけを考えて車を走らせた。

 

そして、あと少しで国道に出るというところで、急に気配が消えた。

 

バックミラーを見る。

 

誰もいない。

 

俺はそのまま最後の上り坂を駆け上がった。

 

信号は赤だった。

 

目の前を車がひっきりなしに横切っている。

 

急ブレーキを踏んだ。

 

停止線を大きく越えたが、事故にはならなかった。

 

「はあ……」

 

信号待ちの車列を見ながら、安堵の息をつく。

 

助かった。

 

そう思った。

 

その瞬間だった。

 

右隣が沈んだ。

 

助手席に誰かが腰を下ろしたように。

 

バタン。

 

助手席のドアが閉まった。

 

ドアは開いていない。

 

なのに、閉まる音だけがした。

 

ゆっくり助手席を見る。

 

誰もいない。

 

後部座席も見る。

 

誰もいない。

 

ただ、車内だけが異様に寒かった。

 

怖さを紛らわせたくて、俺は彼女に電話をかけた。

 

彼女が出た。

 

その声を聞いて、少しだけ安心した。

 

彼女はかなり怖がりだ。

 

だから今あったことには触れず、できるだけくだらない話をした。

 

その途中だった。

 

急に、音が悪くなった。

 

ザーッという雑音。

 

その奥で、誰かがぶつぶつ喋っている。

 

女の子の声だった。

 

小さい。

 

何を言っているのか聞き取れない。

 

ただ、ずっと喋っている。

 

「なんか音悪いね」

 

彼女がそう言った瞬間だった。

 

耳元で弾けるように、笑い声が聞こえた

 

甲高く、狂ったような、“あの”女の子の声で

 

その後、どうやって帰宅したのか覚えていない。

 

それ以降、女の子らしきものを見たことはない。

 

ただ、車はしばらくしてあちこち故障し、結局廃車になった。

 

俺は、今のところ健康でいる

 

(終)

AIによる概要

この話が読者に強く残すものは、「理屈では説明できない恐怖は、日常のすぐ隣にある」という感覚だと思います。

語り手は特別な場所に行ったわけでも、心霊スポットに興味本位で踏み込んだわけでもありません。ただ仕事帰りに、いつもの近道を通っていただけです。つまり、どこにでもある生活の延長線上で怪異に遭遇している。そこに、この話の怖さがあります。読者にとっても「自分にも起こるかもしれない」と想像しやすい。

また、この話には「逃げても終わらない恐怖」という感覚があります。普通の危険なら、距離を取れば安心できます。人に追われても振り切れば終わりです。しかし語り手は、車で速度を上げても追いつかれ、ようやく逃げ切ったと思った瞬間に助手席へ“入ってこられる”。さらに安全圏のはずの電話越しにまで侵入される。つまり、常識的な防御が通用しない存在が描かれているわけです。この「どこまで逃げても届いてくる感じ」が、読後に不気味さを残します。

さらに深い部分では、「助けを求める声への恐怖」も含まれています。

最初の「待って」は、普通なら心配になる言葉です。事故かもしれない、困っている人かもしれない、と語り手は一度車を停めています。つまり、人として自然な善意がある。しかしその善意が、怪異への入り口になりかける。読者は「止まっていたらどうなっていたのか」と想像してしまうし、逆に「困っている人を見ても怖くなる」という嫌な余韻も残ります。

ただ、この話が面白いのは、説教的に何かを語るものではないところです。「夜道は危ない」「知らない声に反応するな」と教訓を押し付ける話ではありません。むしろ、“意味が分からないまま終わる不気味さ”に価値があります。

だから一言で言えば、この話が伝えているのは、「日常は、思っているほど安全ではない。そして、理解できないものは、理由もなくこちら側に入り込んでくるかもしれない」という感覚だと思います。

そして最後の「俺は、今のところ健康でいる」が、その感覚を静かに補強しています。終わったようで、まだ終わっていない。読者にまで不安を持ち帰らせる締めになっています。

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