アワビを求めて海に潜っていると
ガキの頃、海辺生まれの俺は、よく潜りに行っては小遣い稼ぎをしていた。
アワビなんかだと2~3枚で万札だったから、ガキにしては実入りの良い稼ぎだった。
その日は遠出をして岬の先っぽの方で潜った。
上を見た瞬間、凍り付く
そこは小さな入り江になっていて、波が静かでホンダワラという海藻が鬱蒼と繁っている。
アワビは海藻を食べるので、こういう場所には必ずいるのだ。
ホンダワラはアラメなんかと違ってびっしり生えるから、掻き分けるのは一苦労。
なので、海にはホンダワラが生えていないところから入る。
そこから潜ってホンダワラの下へ行き、海底の岩をひっくり返すと、裏側に運が良ければアワビが付いている。
潜り始めると、岩をひっくり返しながら徐々に移動して行く。
その日はトコブシ(巻貝)はいくつか採れたけれど、アワビはまだ見つけていなかった。
横移動が長くなるので面倒だったが、ホンダワラが一番茂っている辺りの海底を目指して潜った。
石を二つひっくり返して収穫が無かったので、息継ぎに上がろうと海面に向かった。
そして上を見た瞬間、俺は凍り付いた。
ホンダワラが海面まで達して水平に流れて影を作っている下に、人間がいた。
自分との距離は僅か1メートルほど。
一目で分かったが、水死体だ。
それは女性で、下半身は下着姿で上半身は裸。
茶色のホンダワラとの対比で、やけに白く見えた。
かなり長い髪の毛は水中で逆立ち、両目を開いたままだった。
そして次の瞬間、頭と同じ高さに挙げられた両手が、ゆらゆらと動いた。
まるで、「おいでおいで」をしているように・・・。
俺は水中で悲鳴を上げた。
海水をかなり飲んだが、全速で水中から飛び出すと、必死で反対側の磯に向かって泳いだ。
フジツボで手足を切るのも構わず、磯に飛び上がって近くで釣りをしていた人に「水死体だー!」と叫んだ。
しかし水面上からは、屈折のせいかよく見えない。
水着のまま崖を駆け上がって、上にある熱帯植物園に駆け込み、電話で警察に通報した。
地区の駐在の警察官が来たけれど、上からではよく分からない。
3時間ほどして、「担ぎ屋」と呼ばれる人がやって来て、確認する。
※担ぎ屋(かつぎや)
モノを担ぐことを商売にしている人達。
そして担ぎ上げた。
文字通り、死体を背中に背負って担ぎ上げた。
ちょうどその頃に、大学の先生が女学生と不倫して、女学生を殺し、自分も一家心中した事件があった。
場所もそれほど離れていない所だった。
だが、この水死体はその事件とは無関係だった。
もう30年以上経つが、今でもたまに夢で見る。
水中で見た時は、まるで生きているみたいだった。
(終)