あんな犬でも居なくなると寂しいよ
知り合いから聞いた話。
仕事でイギリスに出張した際、現地の同僚から変わった話を聞いたという。
その同僚がまだ幼い頃、彼の家では犬を飼っていたそうだ。
実家の山村からもらった、白い雑種犬だった。
色々と変わったところのある犬だったらしい。
普通、犬猫の類いは、目を見つめるとすぐに視線を逸らす。
好奇心や注意が続かない為らしいが、その犬はじっと見つめ返してきた。
根負けして視線を外すのは、いつも彼の方だったという。
愛犬のイタズラ?
ある日、彼は身体の調子が悪く、学校からいつもより早く帰宅した。
門をくぐり庭を歩いていると、いつもは彼を迎える犬が出て来ない。
どうしたのかな?と思い、名前を呼びながら犬小屋を覗いてみた。
愛犬の姿は見当たらず、小屋の床には何か毛のような物が堆積していた。
※堆積(たいせき)
物が幾重にも高く積み重なること。
持ち上げてみて、思わず悲鳴を上げる。
それは、可愛がっていた犬の毛皮だったのだ。
悪い冗談のように目と口が黒い穴を開けており、微かに温もりが残されていた。
ショックで泣き喚きながら母屋へと駆け込んだ。
驚きながら迎えてくれた母親に、「犬が剥かれちゃった!」と訴えた。
慌てて外に出ようとする母子に、「バウッ!」という吠え声がかけられた。
見ると、玄関のすぐ外に犬が座り込んで尻尾を振りまくっていた。
犬は激しく息を弾ませていた。
まるで、慌てて駆け戻って来たかのように。
それを見た母親が、「嘘を吐くのもいい加減にしなさい!」と説教をする。
いくら「本当に見たんだ!」と言っても、もう相手にされない。
奥に引っ込んだ母親を恨めしく思いながら、彼は犬の前にしゃがんだ。
いつもは目を逸らさない犬が、その時だけはそっぽを向いた。
こいつめ、謀りやがって。
※謀る(たばかる)
はかりごと。謀略。
腹立ち紛れに、頭を強くクシャクシャにしてやったという。
犬は機嫌を取るように、その手をペロリと舐めてきた。
「俺が思うに、あいつは時々毛皮を脱いで何かしていたんだな。結局、現場は押さえられなかったけど」
犬は彼が大学に入学する年に、フイッと姿を消してそれきりだそうだ。
「あんな犬でも居なくなると寂しいよ」
そう彼は言っていたという。
(終)