亡くなった人に会えた京都の山祭り 1/2

祭り

 

久しぶりに休みが取れた。

 

たった2日だけど、

 

携帯で探される事も

多分ないだろう。

 

ボーナスも出た事だし、

 

母に何か旨いものでも

食わせてやろう。

 

そう思って、

 

京都貴船の旅館へ

電話をかけてみた。

 

川床のシーズン中だが、

平日だったから宿が取れた。

 

母に連絡をすると大喜びで、

鞍馬も歩いてみたいと言う。

 

俺に異存はなかった。

 

京阪出町柳から

叡山電鉄鞍馬駅まで約30分。

 

その間に景色は碁盤の目のような

街中から里山を過ぎ、

 

一気に山の中へと変化する。

 

また、鞍馬から山越えで

貴船へ抜けるコースは、

 

履き慣れた靴があれば

 

ファミリーでも2時間前後で

歩く事が出来るし、

 

日帰りなら逆に

貴船から鞍馬へ抜け、

 

鞍馬温泉に浸かって帰る

方法もある。

 

その日も爽やかな好天だった。

 

荷物を持って歩くのも

面倒なので、

 

宿に頼んで預かってもらい、

それから鞍馬山へ行った。

 

堂々たる山門を潜った瞬間、

いきなり強い風が吹き、

 

俺を目指して枯葉が

ザバザバ降って来る。

 

落葉の季節ではないのだが、

 

母と来れば必ず

こういう目に遭う。

 

天狗の散華だ、

と母は言う。

 

迷惑な事だ。

 

途中からロープウェイもあるが、

母は歩く方を好むので、

 

所々に急な坂のある参道を歩いて

本殿を目指す。

 

由岐神社を過ぎると、

 

先々の大木の中程の高さの枝が、

微妙にたわむ。

 

毎度の事だが。

 

鞍馬寺金堂でお参りした後、

 

奥の院へ向かって

木の根道を歩く。

 

魔王殿の前で、

 

一人の小柄で上品な感じの老人が、

良い声で謡っていた。

 

・・・花咲かば、

 

告げんと言ひし山里の、

使ひは来たり馬に鞍。

 

鞍馬の山のうず桜・・・

 

言霊が周囲の木立に

広がって行くようで、

 

思わず足を止め、

聞き惚れた。

 

最後の一声が余韻を残して

空に消えた時、

 

同じように立ち止まっていた

人たちの間から、

 

溜め息と拍手が湧き起こる。

 

老人はにっこり笑って、

大杉権現の方へ立ち去った。

 

鞍馬山を下り、

貴船川に沿って歩く。

 

真夏の昼日中だというのに、

 

空気がひんやりして

気持ちがいい。

 

流れの上には、

幾つもの川床。

 

週末は人で溢れているのだろうが、

今日はそうでもない。

 

少し離れると、

 

清冽な流れの中、

 

カワガラスが小魚を追って

水を潜り、

 

アオサギがじっと獲物を待つ。

 

もう備えの出来たススキが

揺れる上を、

 

トンボたちが飛び回る。

 

貴船神社へお参りに

行く人は多いが、

 

奥宮へ参る人は少ない。

 

その静けさを楽しみながら、

 

奥宮の船形石の横の

小さな社に手を合わせる。

 

弟たちも連れて来てやれれば

良かったが、

 

何分にも平日の急な事。

 

学生時分ならともかく、

 

社会人がそうそう手前勝手な事を

する訳にはいかない。

 

母とそんな話をしながら

振り返ると、

 

さっき魔王殿の前で

謡っていた老人が、

 

こっちへ歩いて来る

ところだった。

 

軽く会釈すると、

 

向こうもにこっと笑って

片手を挙げる。

 

「先程は良いものを聞かせて頂いて、

ありがとうございました」

 

「いやいや、お恥ずかしい」

 

老人は首を横に振り、

俺と母を見やりながら

 

「親子旅ですか、

よろしいなぁ。

 

ええ日にここに来はった。

 

今日は『山祭り』や」

 

「まあ、お祭りがあるんですか」

 

祭りと聞いて、

母の気持ちが弾むのが分かる。

 

老人が教えてくれる。

 

「今晩、川床の灯りが

消えた時分から、

 

この先の方でありますねん。

 

山祭りは時が合わなんだら

成りませんし、

 

ほんまの夜祭りやから、

知らん人の方が多いんや。

 

もし行かはるんやったら、

浴衣着て行きはった方がよろし。

 

その方が踊りの中へも

入りやすいよって」

 

母は既に行きたくて

ワクワクしている。

 

一時、『盆踊り命』

だった人だから。

 

ま、いいか。

 

俺は盆踊りは嫌いだが

仕方ない。

 

付き合うか。

 

川筋の道沿いに、

 

黄桃のような丸い灯りが、

ぽつりぽつりと点いている。

 

俺たちの他に、

歩いている人は殆どいない。

 

奥宮へ近づくにつれ、

 

笛の音がどこからともなく

風に乗って流れて来た。

 

山祭りは、どうやら思っていた

盆踊りのようなものとは、

 

全然違うものらしい。

 

奥貴船橋の袂をくっと左へ折れ、

山の中へ入る細い道をたどると、

 

笛の音はますますはっきり聞こえる。

 

曲目は分からないが、

 

ゆったりとしたメロディを、

複数本の笛で吹いているようだ。

 

やがて、

 

木立の間から沢山の白い提灯と、

その灯りが見えて来た。

 

そこは体育館程度の広さの

空き地になっていて、

 

笛の音に合わせて数十人の

人たちが踊っていた。

 

衣装は白地に紺色の

流水模様の浴衣。

 

女は紅の帯、

 

男は黒字に金の

鱗模様の帯。

 

踊るというより、

 

舞うと言った方がいいような

優美な動きで、

 

普通の踊りの時のような

賑わしさや、

 

テンポあるいはノリは

全く感じられない。

 

俺たちより先に来て、

 

これを眺めていた隣の人が

いきなり駆け出し、

 

踊りの輪の中へ入って、

中の人と手を取り合った。

 

知り合いがいたらしい。

 

前の方から、あの老人が

笑みを浮かべながら、

 

静かに俺たち親子に

近づいて来た。

 

「ああ、来はりましたんやな」

 

「こんばんわ。

不思議なお祭りですね」

 

老人は、不思議な言葉を

口にした。

 

「あの中に逢いたい人が

いたはりますやろ」

 

逢いたい人?

 

訳が分からず、

ぽかんとする俺。

 

母が突然駆け出した。

 

「母さん!?」

 

伸ばした手の先に、

よく知ってる人がいた。

 

(続く)亡くなった人に会えた京都の山祭り 2/2

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