座敷ばあちゃん(後編)

意識が戻って1週間して、

ようやくYちゃんと再会することが出来た。

 

Yちゃんは、

「ビビらせて、ごめんね」と笑ってた。

 

私は、「ほんとだよ!バカだよ!

冗談じゃないよ!」って泣いた。

 

Yちゃんも泣きながら、「ごめんね、ごめんね」と、

2人で抱き合った。

 

少しだけ先輩ママとして、

いろいろ教えてくれるはずだったのに、

「何の役にも立ちゃしないね」と、

Yちゃんは泣きながら笑った。

 

 Yちゃんは眠ってる間、

実はかなり危ない時もあり、

生死の境をさまよっていた。

 

何回かベッドの上の自分を、

病室の隅から見ていたことがあったらしい。

 

心配そうに見ているおばさんのことや、

毎日仕事帰りに立ち寄るおじさんのこと。

 

何日かに1回、遠くからやってくる

旦那さんのことも見ていたそうだ。

 

このまま死ぬのかなぁ・・・

とも、思ったって言ってた。

 

でも、そういう時に必ずそばに

亡くなったおばあちゃんが居てくれて、

「バカじゃないの!

あんたが死んだらあの子はどうなるの!」

と叱られたり、

「大丈夫だから、もうちょっとだけ待ちな。

そのうち戻れるから」

と励まされたりしたそうだ。

 

Yちゃんは病室の外には、

どうしても出ることが許可されず、

新生児室にいる赤ちゃんには会えずにいた。

 

子供を抱かずに死ねるもんか、

と思ったと。

 

「だから全然怖くなかったんだよ」

と言っていた。

 

「そうそう、Rちゃんのことも言ってたよ」

おばあちゃん曰く・・・

 

「あの子は、スポーンと簡単に

産んじゃうから楽チンだよ。

ものすごい早いはずだから、

陣痛の間隔が縮まる前に来た方がいいよ」

って。

 

当時のお産マニュアルによれば、

陣痛の間隔は確か10分くらいになったら

病院に連絡して入院という流れだったと思う。

 

「全部夢かも知れないけどね~」と、

Yちゃんは笑ってたけど、

なぜか、私はおばあちゃんの言うことを信じた。

 

いよいよその日が来て、

20分間隔になったところで

連絡なしに病院に行った。

 

電話して、「今何分間隔ですか?」

って聞かれたら、

嘘を言うわけにはいかないし、

20分だと言えば、まだ早いって言われそうで・・・。

 

先生には、「ごめんなさい。

慌てちゃって来てしまいました」

と言い訳した。

 

先生は子宮口の開き具合を診て、

「うーん、まぁ帰っても、

またすぐ出てくることになるだろうし」

とそのまま入院となった。

 

結果、あれよあれよと言う間に陣痛が強くなり、

30分程で長男が誕生した。

 

陣痛室を飛ばして分娩室に直行、

助産婦さんは付いてくれてたけど、

先生は1階から3階まで上がってくるのに

間に合わないぐらい超スピード出産だった。

 

もし、10分間隔まで待っていたら・・・、

と思うと恐ろしい。

 

タクシーの中で産まれちゃった

なんていうのは妊婦恐怖話のひとつとして、

都市伝説でもなんでもなく、

有り得る話だと語られてたから。

 

出産から数日後、

夜中の授乳から戻ってきたとき、

私の病室に

おばあちゃんが座っているのを見た。

 

一瞬ギョッとしたけど、全然怖くなかった。

雰囲気が何か温かい感じがして。

 

「Yちゃんのおばあちゃん?」

と聞いてみたら、それには答えずに、

「あんた、おっぱい苦しくないかい?

飲ませたばっかりなのにまだ張ってるだろ?」

と言った。

 

たしかに最初から母乳がよく出て、

産まれたばかりの長男の飲む量では

消費しきれていない感じだった。

 

おばあちゃんは、「明日、マッサージしてもらいな。

詰まって炎症起こしちゃうよ」

とだけ言って、

にっこりしながらすっといなくなった。

 

翌日、助産婦さんにマッサージしてもらって、

とても胸が楽になった。

 

「マッサージしたら余計に溜まるから

遠慮しないでいつでも言ってね」

と助産婦さんは言ってくれた。

 

初めての出産だったし、

胸が張るのは当たり前だと思って

我慢していたから、

おばあちゃんの助言は本当にありがたかった。

 

入れ違いに退院していたYちゃんに、

すぐ電話した。

 

「ほんと助かったよ。

帰ったらおばあちゃんのお墓にお参りさせて」

と言うと、

 

「いや、うちのおばあちゃんじゃないよ。

知らないおばあちゃんなんだよ」

 

「!?」

 

私は勝手にYちゃんのおばあちゃん

なんだと思い込んでいたんだけど、

Yちゃんも会ったことのない、

おばあちゃんらしい。

 

看護師さんや助産婦さんに

聞いてみようかとも思ったけど、

頭おかしいんじゃないかと

思われるような気もして、

何となく聞けないまま退院の日になった。

 

母が長男に、いそいそとベビードレスを着せたり

帰り支度をしている間、

私は助産婦さんから検診の案内や

家族計画の説明を受けて病室に帰りかけた時、

廊下の隅からおばあちゃんが手招きしていた。

 

近寄っていくと、「あんたは次はもっと早いはずだから

陣痛がきたらすぐに来るんだよ」

とそっと耳打ちして消えた。

 

「ええ~、また嘘つかないとダメじゃん」

と思わず言ったら、おばあちゃんはまたパッと現れて、

「H夫(先生の名前)も、まだまだだからね」

とため息をつき、

「ばあちゃんがそう言ったからって言えばいい。

かまわないからすぐ来な」

と言って、くるっと背中を向けた。

 

・・・と思ったら、また振り返り、

「ヤブってわけじゃないんだからね。

どんないい医者にも、どうにも出来ないこともある。

ただH夫も、まだまだ精進しなきゃならんってことさ」

と言って、また消えた。

 

今度はもう呼んでも現れなかった。

 

そっか、先生のおばあちゃんだったのかと、

なんとなく納得して、

帰る前に挨拶に行った時に

全部話してみた。

 

すると先生は、「参ったなぁ。

それ、私のばあさんでもないんだよ」

と頭をかいて笑った。

 

「父の代から居るらしいけど、

父も心当たりがないと言ってる」

と言った。

 

先生も先代の先生も、

おばあちゃんを直接見たことはないらしいが、

おばあちゃんの診断は、

一度も間違ったことがなかった。

 

最近は医学も発達し、医療設備も整い、

産婦の危険が少なくなるにつれて、

おばあちゃんが出現することは減ってきた。

 

先代の先生の小さな産院だった頃は、

頻繁に現れたそうだ。

 

先生は、「すごく久しぶりに聞いたよ。

まだ居てくれたんだな」

と、ちょっと嬉しそうに見えた。

 

次回の出産時(いつなのかもわからなかったが)

早めに来ることを約束して、

私は長男と退院した。

 

Yちゃんが旦那の待つ家に

帰るまでの1ヵ月程、

よくおばあちゃんの話題になった。

 

私たちは、「座敷ばあちゃん」

と呼んでいた。

 

座敷わらしの居る家は栄えるというけど、

H夫先生は評判が良かったし、

小児科も一緒になってて、

産まれた後のケアもいいということもあって、

個人病院にしては大きな病院で、

たしかにとても繁盛していた。

 

昨今の小児科の赤字問題や

小児科医の不足から、

その病院も小児科は無くなるかも、

という噂を聞いた。

 

そうなると、おばあちゃんの出番も

また増えるのかなぁと、ふと思う。

 

余談だけど、長男出産から2年後、

次男が産まれた。

 

先に破水して入院してたから、

陣痛が始まった時はもう病室に居た。

 

いきなり強烈な痛みからスタート。

またもや陣痛室はスルーで10分で産まれた。

 

陣痛と陣痛の合間のわずかなインターバル、

分娩室の隅っこで、にんまりしている

おばあちゃんがチラッと見えた。

 

「な?言った通りだろ?」

というドヤ顔。

 

けど、こちらは正に正念場。

 

考える余裕もなく、

次男が取り上げられたときには、

もうおばあちゃんは居なくなっていた。

 

それから二度と、

おばあちゃんに会うことはなかった。

 

(終)

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