異国の現場で見た憑依騒ぎ

憑依された中年男

 

これは、東南アジアでの体験談。

 

事務仕事が一段落したので、気分転換に現場をちょっと巡回していたところ、何やら人だかりができていた。

 

人だかりはトラブルの可能性が大なので、急いで中心へ行ってみると……。

 

腹にロープを巻き付けられ、両手両足を4〜5人に押さえつけられている男がいた。

 

口の中を切っているのか、口からは赤い泡を吹き、押さえつけられながらも手足をバタつかせて叫び狂っている。

 

状況をいまいち把握できないが、これまでの経験から、「大怪我をしたが運悪く気絶できなかった奴」に似ている。

 

とっさに今日の仕事内容を思い出し、現地スタッフにこう聞いた。

 

「高いところから落ちたのか?」

 

スA「違います!ハントゥです!!」※現地スタッフを以下「ス」と表記

 

スB「ハントゥが出た!!」

 

スC「ハントゥがこいつの中に入った!!」

 

と、3人がかりで説明してきた。

 

言っていることは大体わかるが、肝心の『ハントゥ』がわからない。

 

「ハントゥって何だ?」

 

スA「ボス、ゴーストのことです」

 

「はあ??」

 

スA「ゴーストはわかりますか?」

 

「ゴーストの意味はわかる。で、何を言ってるの?」

 

たぶん俺は、かなり怪訝な顔をしていたと思う。

 

ここでスタッフBが、スタッフAに耳打ちする。

 

納得したような顔をしたAが、改めて説明してくる。

 

スA「ボス、この国のゴーストは昼も出るんですよ」

 

(……いや、そんなこと気にしてる場合か)

 

「わかった。とにかく病院に連れて行こう」

 

しかし、車を待っている間、ハントゥの話を踏まえて改めて男を見てみると、相変わらず叫んでいるものの、その内容は「うわー!」「やめてくれー!」といった感じだ。

 

目は見開いており、絶えずあちこちを見回している。

 

手足も、ただバタつかせているというよりは、何かから逃げようとしているような動き。

 

または、“見えない何か”を払い除けるような仕草をしている。

 

たまに目線が一点に止まったかと思うと、手で顔を覆ったりもする。

 

確かに、怖い幽霊を見ているような反応にも思える。

 

ふと気になって、また質問する。

 

「そういや、なんでこいつ腹にロープ巻いてるの?」

 

スA「高所作業中にハントゥに入られたんです。ロープで何とか下ろしたんですよ」

 

そう言って、デジカメの写真を見せてきた。

 

確かに、みんなで男をロープで降ろしている。

 

正直、スゴイなと思った。

 

そうこうしているうちに、車が到着。

 

「よし、病院へ搬送するぞ。押さえてる奴も一緒に乗り込め」

 

ところが、誰も動かない。

 

何事かと思ったら、またスタッフBがスタッフAに耳打ち。

 

スA「ボス、ラッキーです。現場に〇〇〇がいます。呼んだんで、すぐ来ます。もう大丈夫です」

 

〇〇〇は聞き取れなかったが、後でわかったところによると、どうやら“祓い屋”のような存在らしい。

 

また俺が怪訝な顔をしていると、その祓い屋が現れたのだが……。

 

(うちの作業員のおっちゃんじゃねえか!!)

 

でも周囲を見ると、さっきまでの騒ぎとは打って変わって、みんな安心しきっている。

 

「あ~良かった~」と笑顔まで見せている。

 

(男はまだ暴れ中なんだけど……)

 

本当は責任者として病院に連れて行くのが正解だと思うが、雰囲気的にはもう「事は終わった」という感じだ。

 

思わずその流れを見てしまった。

 

暴れ続ける男は強引に座らされる。

 

祓い屋は落ち着いた様子で男の後ろに回り、思いっきり肩を叩いた。

 

その瞬間、男はピタッと静かになった。

 

というか、気絶した。

 

「何、今の?」

 

スA「もう大丈夫ですよ」

 

祓い屋「事務所に寝かせときましょう。起きたら水でも飲ませてやってください」

 

(いやいや、説明しろよ)

 

何にせよ、これだけでお祓いは終了らしい。

 

腑に落ちないが、確かにトラブルには違いない。

 

上司に電話で経緯を説明すると……。

 

上司「あー、大変だったねー。お疲れさん」

 

「やっぱり病院に連れて行った方が……」

 

上司「大丈夫、大丈夫。よくあるし」

 

(よくあるんだ……)

 

事務所に戻ると、俺の席の後ろの床で男が寝ていた。

 

「暴れねぇだろうな」と思いながら仕事をしていたら、1時間ほどして男が起きた。

 

水を渡して話を聞いてみると……。

 

「ハントゥに憑かれたの初めてですよ。びっくりしました」

 

「大丈夫なのか?今日はもう帰った方がいいぞ」

 

「口の中を切ってて痛いです(笑)。とりあえず、仕事に戻ります」

 

「そうか。気をつけろよ」

 

そうとしか言いようがなかった。

 

タフな奴らだ。

 

後日談

後でスタッフに聞いたところ、“ハントゥは黒い幽霊”で、この国ではポピュラーな存在だという。

 

現地の日本語辞書でも、「ハントゥ=幽霊」として記載されている。

 

取り憑かれると、放っておけば2〜3日で死ぬらしい。

 

もしこれが日本だと、かなり凶悪な部類の幽霊な気がする。

 

それを道具も呪文もなしに祓えるこの国の祓い屋って一体……。

 

ちなみに、4年間で3回遭遇している。

 

ハントゥ自体は見たことないが、取り憑かれた人間と祓い屋には遭遇した。

 

1回はうちのスタッフ、他2回はお客さんの所に訪問していた時だ。

 

場所もバラバラだが、毎回現地のスタッフの誰かが祓える人を呼んできて、一撃必殺で終わる。

 

しかも、祓いの専門職ですらない。

 

何にせよ、面白い体験だったので、それ以降は怖い話にハマった。

 

(終)

AIによる概要

この体験談が伝えていることは、「異文化における価値観や常識の違いに直面したとき、人は驚きながらも少しずつその土地の現実や考え方を受け入れていく」ということです。

語り手は、最初こそ「幽霊が憑いた」と言われても半信半疑で、「なんで病院じゃなくて祓い屋?」と困惑しながらも、現地の人々が真剣かつ自然に対応している様子に触れ、「こういう考え方が当たり前の国なんだ」と実感していきます。彼らの信仰や風習が生活に深く根付いていて、周囲がそれをまっすぐに受け止めていることを目の当たりにし、最終的には「そういうものか」と受け入れてしまう。まさに“文化の違いに触れる”というリアルな瞬間です。

加えて、霊に取り憑かれたとされる作業員のタフさや、祓い屋の存在、そしてその一連の出来事を「よくあること」として扱う上司の反応などを通じて、語り手は驚きつつもその国ならではの現実に少しずつ馴染んでいきます。異文化理解とは、理屈で納得することだけでなく、実際に経験して「そういうものか」と体感的に理解することなのだということを、この話はユーモアと驚きのエピソードを通して伝えています。

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