十本ばかりの杉が円筒状に生えた奇妙な光景
これは、山で『奇妙な光景』に出くわした時の話。
五、六年前くらいのことだろうか。
その日も俺は、いつもよく行く近場の山へ登りに行った。
そして、ふと「今日は違うルートで遊びたいな」と思い、道もない雑木林へと足を踏み入れた。
奇妙な杉
ところが杉林が延々と続くだけで、一向に眺望は開けてこないし、歩きは辛い。
正直、「馬鹿なことを考えたものだ・・・」と後悔して、もうやめようと思った。
しかし、道を引き返すのも面倒で、川に沿って下れば適当な場所に降りられるだろうと高を括って降り始めたのだが、笹の藪に突き当たり、道のりは険しさを増すばかりだった。
それでもかなりの距離を歩いていたので、ほどなく里に行き当たるはずだと強引に進み続けた。
そうしてしばらく歩き続けると、笹も杉林もまばらな少し開けた場所に出た。
そしてその少し開けた場所の中央に、『奇妙な杉』が生えているのを発見した。
十本ばかりの杉が円筒状に生えていて、その杉同士の隙間が二十センチくらいしか離れていず、隣合った枝同士が癒着しているものを想像してほしい。
俺が見つけた奇妙な杉というのは、そんな姿だった。
下生えの枝は癒着したもの以外はちゃんと刈り込まれていて、明らかに人偽的なものと見て取れた。
そういえば、以前にテレビでこんな風に木を曲げたり枝を癒着させたりしている、外国の園芸家だかアーティストがいたのを思い出し、多分これもそれに類したものだろうと思った。
「カメラを持ってくれば良かった」と思ったが、あいにくその日に限って持って来なかったことが今でも悔やまれる。
円筒形の内側を覗いて見ようと思い、枝の隙間から覗いて見たが、なにぶん暗い森林の中、それも日も暮れかけようという時間なので、暗くて闇を覗き込んだだけだった。
枝の密集を足がかりに五メートルくらい登ってもみたのだが、埒が開きそうもない。
もっと詳しく観察したかったが、日も暮れる時間も間近ということで、観察もそこそこに山を降りた。
結局、断崖に突き当たり、来た道を引き返し、本来の登山道に戻る頃には日も暮れていた。
闇の中を懐中電灯の明かりだけを頼りに、山道を降りることになった。
「もう一度あの場所に行きたい」と思っているのだが、なにぶん険しい道のりなので未だに見には行っていない。
補足(参考)
これは、連理の枝(連理木)という、たまにある現象です。 ※リンク先はWikipedia
隣りの木の枝同士がぶつかり合って、双方の表皮が剥離し、双方の枝の修復機能で癒合します。
中国では、おしどりと並んで”良縁”を意味しました。
日本でも地味な観光名所にされたり、”夫婦和合”の願掛けの神木にされたりしています。
・・・ですが、『その枝を切ったら呪われて死んでしまう』という言い伝えもあるようです。
もしかすると件の体験者は運が良かったのかもしれません。
(終)