見えない何かと見える何か
寝ていると姉に起こされた。
時計を見ると、まだ夜中と言っていい時間帯だ。
「なに?なんなの?」
「しーっ」
声を出さないよう指を1本立てた姉が、こちらへ来いと手招きをする。
仕方なく姉について行き、少しだけ開いた扉の前に立った。
向こう側はダイニング。
(ん?何か音がしてる…)
途端に目が冴え、息を殺して様子を窺(うかが)った。
次第に目が慣れてきたが、薄暗いダイニングには何も見えない。
しかし、“何かの気配”が感じられる。
その時、コトンと小さな音がして、フッと気配は消えた。
少し経ってから姉が明かりを点ける。
テーブルの上にはドングリが1個だけ置かれていた。
寝る前にはなかったものだ。
「見た?今の?」
微かな声で言う姉に驚く。
「何か見えたの?」
「えっ?あんた見えなかったの?何か毛むくじゃらで丸いモフモフしたのが、テーブルの上で震えてたでしょ?」
「そんなの何も見えなかったよ?」
「うそっ!?」
「トトロ?トトロなの?」
「あんなに可愛くない。大体、顔も手も足もないんだから。まるで阿寒湖のマリモがブルブルしてた感じだったよ」
私は頭を抱えたくなった。
そんなことからしばらく経って、珍しく日が高いうちに帰ってきた日のこと。
エレベーターを降りて自分の家へ向かっていると、先の曲がり角に何かが見えた。
髪が長い女性の頭だけが、ヒョコンと突き出されてこちらを見ている。
一目見て、目を逸らした。
“真っ当なモノではない”と判断したから。
なぜなら、顔が突き出ている高さは、ほぼ天井と同じくらい。
一体、身長がどれほどあるというのだ。
おまけに、嫌になるくらい無表情だった。
目を向けないようにして、自分の家になんとか入った。
その後も度々見かけたが、無視し続けた。
ある日のこと、晩御飯を食べ終わって、1人まったりとテレビを見ていた時だった。
姉はお風呂を使っている。
すると、視界の隅に何か動くものが見えた。
(お姉ちゃん、もうお風呂から上がったのか。今日は早いな。…って、あれ?でもお風呂の戸が開く音なんてしなかったような?)
そう思い、洗面所を見やってから硬直する。
洗面所には何もいなかった。
それなのに、鏡に女の姿が映っている。
髪の長い女が、怒ったような顔で睨んでいた。
思わず、目が合ってしまった…。
(終)