その絵画はすぐにお買い上げされる。だが・・・
私は数年前まで、全国の百貨店を催事で渡り歩く画商をしていました。
これは、そこで扱っていた『ある一枚の作品』にまつわる話です。
何かいわくでもあったのか?
はじめに、絵画は値の張る非日用品などで、そう簡単には売れません。
通常は何十分、何時間、時には数日がかりでお客様を口説きます。
しかし、件の絵は珍しく入荷した途端、コレチョで契約が決まりました。
コレチョとは、ほとんど接客せず「コレちょーだい!」でお買い上げされることを指します。
が、喜んだのも束の間、翌日にキャンセル。
理由を伺うと、身内に急な不幸が起きた為、余計な出費が出来なくなったとのこと。
それじゃぁ残念だけど仕方がない・・・ということで、その絵は展示場に戻りました。
が、その日のうちに再びコレチョ。
しかし、お客様の手元に届いた日にキャンセル。
理由を伺うと、奥様が独断で高額の買い物した為、怒ったご主人に離婚を言い渡され、泣く泣く返品とのこと。
以後もその絵は『コレチョ→家庭に不幸が起こりキャンセル』を繰り返し、さすがに験が悪いということで倉庫行きになりました。
あの絵には何かいわくでもあったのでしょうか。
退職してしまった今となっては、あの絵がどうなったのかも分かりません。
それに不思議なことがもうひとつ。
その絵の作家や額装、サイズ、展示した場所は覚えているのに、どんな絵であったのかが思い出せないのです。
まあ、嫌な記憶にフタをしているだけなのかもしれませんが・・・。
(終)