とある老人介護施設に鳴り響く音
「ガチャガチャガチャッ!」
「バンバンッ!」
この音が鳴る度、またか・・・と思う。
私の職場はグループホーム。
簡単に言えば、老人介護の施設だ。
そしてこの音の正体は、実際のところよく分からない。
職員でも聞こえる人と聞こえない人がいるので、多分オカルトめいたことではないだろうか。
生前と死後
過酷な職場なので、疲れからくる幻聴かもしれないが、半年前までは中山さん(仮名)の帰宅欲求が原因の扉を叩く音だった。
察していただけていると思うが、その方は既にお亡くなりになられている。
生前の中山さんは、よくこうやって鍵のかかった扉を叩いたり、ドアノブをガチャガチャと音を立てて開けようとしていた。
こういう施設では、基本的には鍵をかけないようにしないといけなかったりする。
だがそんなことをすれば、いつの間にか外へ出て行って迷子になったり、最悪の場合は事故に遭うかもしれない。
だから鍵をかける。
無断外出をしないように。
決して「酷い!」などと言わないで欲しい。
もし施設利用者が外の事故で死んでしまったら、それこそ取り返しがつかない。
中山さんは本当に帰りたがりの性格で、時には職員に暴力を振るう人だった。
それは当然の行動で、帰りたいのを邪魔するのが私たち職員なのだから。
きっと憎しみの対象で見ていたと思う。
しかも中山さんは身体は健康で、歩き出したら1~2時間は平気で歩き続けるので外へ出すわけにはいかなかった。
なにせ当時は利用者8人を職員2人で対応しなければいけなかったから。
ご飯もトイレも、介助も入浴も。
申し訳ない、少し介護の愚痴になってしまった・・・。
ある日、中山さんが体調不良になり、入院した際は正直ほっとした。
ここ最近の職員のストレスの元は、ほとんどが中山さんの影響だったからだ。
しばらくしてお亡くなりになったと聞いた時には、ほっとしたことに罪悪感を感じ・・・。
いや、本音は戻って来なくて良かったと思った。
それからしばらくしてからだった。
時折、扉がこんな風に音を立てて鳴り始めたのは。
階段を上っていると時折聞こえてくるソレ。
最初は怖かった。
なぜなら、もう鍵はかけていない。
他の認知症の人も帰宅欲求はあったが、あれほど扉を叩くような激しい人はいない。
「中山さんが怒っているんだ!」とか、「中山さんの恨みかな?」とか、「呪われるんじゃないか?」と皆が怯えていた。
「ガチャガチャガチャッ!」
「バンバンッ!」
この音が響く度に。
だが、何かのアニメでも言っていたが、恐怖というのは鮮度がある。
次第に聞こえる人は慣れていった。
「また鳴ってるね。中山さん元気だわ」という感じで。
ただ、これだけはっきりと音がすると気も滅入る。
ため息をつきながらこう思った。
もし幽霊になったのなら、もう自由のはずだろう?
何処へだって行けるはずだろう?
天国でも、地獄でも、行きたかった外にも、家にも。
こんな大嫌いな場所に居ないで好きなところに行けばいいのに、と。
でも、もし幽霊になっても大嫌いなはずのここに縛られているとしたら・・・。
肉体の病気であるはずの認知症で失った記憶が、死んでもそのままだったら・・・。
生前と同じように、「帰りたい、帰りたい」と、帰りたい場所も忘れているのに、その場に囚われ続けているとしたら・・・。
そう思うと、とても悲しくて怖くなった。
私は認知症になる前に死にたいな。
(終)