異様だらけだったマンションの建設現場

建設現場

 

俺は建設業で親方をやっている。

 

マンションを造っているのだが、施工前に地鎮祭というのを近くの神社から神主さんを呼んでやるのが恒例。

 

普通なら業種的に地鎮祭には呼ばれないのだが、その物件では呼ばれた。

 

これは、その物件の建設にまつわる話。

 

そこは元々は立体駐車場で、頻繁ではないが事故も起きており、敷地の片隅には古い小さな祠もあり、中にはこれまたかなり古いお地蔵さんが収められていた。

 

そんな場所で、4スパンで地上13階建てのマンションの建設が始まった。

 

※スパン

人間の手を基準とした長さの単位で、親指の先から小指の先の長さにあたる。

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海の近くなのに井戸?

打ち合わせも終わって基礎の乗り込み前に、所長から「躯体業者でもう一度御祓いを行う」と集められた。

 

こんな経験は初めてで、俺は所長に「この現場は何なんですか?」と聞いた。

 

「○○君は現場で変な経験とかない?霊的なもんとか」

 

「???」

 

正直、この所長は頭がおかしいと思った。

 

話が面倒くさい感じだったから、「僕の家には家系図が残っていて、先祖にお寺の神主さんがいるから平気です」と言っておいた。

 

この棟はD棟と呼ばれ、他に同じ敷地内にA棟B棟C棟が既に施工中で、D棟が搬入路として後から施工が開始された。

 

D棟の基礎掘削工事から、小さなトラブルや労災適用には至らない事故が起きていることを鳶の職長から聞いて、俺は細心の注意を持って施工にあたろう思った。

 

基礎の深さは地上からおよそ10メートルで、貯水槽や設備室を兼ねており、普通の基礎よりは深く複雑だった。

 

現場は海の近くで地質は砂、水も湧き出でウェルポンプも常に稼働、そんな状況での基礎工事だった。

 

湧き出る水を汲み上げるウェルポンプの能力も限界で、一次コン打設を急いだ。

 

俺は現場のほぼ中央付近に、不自然にパネコート材で蓋をされている場所が気になった。

 

捲ってみると、石の板みたいな物が数枚置いてあり、それを隠しているようだった。

 

鳶に「あれは何だ?」と聞いたら、「井戸らしい」と答えた。

 

※鳶職(とびしょく)

建設業において、高所での作業を専門とする職人を指す。

 

現場は海の近くなのに、地下10メートルに井戸?

 

水がイヤってほど湧き出る場所に、石板で蓋をされた井戸?

 

誰がどの時代にどんな方法で、この水が湧き出る地下10メートルに井戸を掘って、しかも石板で蓋をして埋めたのだ?

 

そして地上には、古いお地蔵さんが収められている祠がある。

 

ここは『弄(いじ)ってはいけない場所』なのは明らかだった。

 

所長に、ここには何があったのか聞いてみたところ、「ここには立体駐車場があって車が落下する事故もあり、不吉な場所だから御祓いを何回もした」と言う。

 

とにかく事故だけは気をつけてやってくれ、と念を押された。

 

地下にあった井戸らしきものも基礎工事のコンクリートで埋められ、工事は地上階に移った。

 

だが、とにかく現場が上手くいかない。

 

言い訳を埋め立てた井戸のせいにするわけではないが、計算できない人工(にんく)が掛かった。

 

※人工(にんく)

建築に関わる専門職の人が1日に働く作業量の単位。

 

それは他の業者でも同じで、想定外の人工で赤字が続き、とある業者が地上2階部分の工事段階で倒産して逃げた。

 

俺もこのままなら最後には600万円相当の赤字になると計算し、本社に掛け合って「この工事から手を引きたい」と申し出た。

 

本社は後施工になった分、突貫で人工も掛かるだろうから、赤字分はなんとかするから最後までやってくれと話してきた。

 

結局、俺はとりあえず月々の支払いを保障してくれるならと、工事を続けることにした。

 

そして、鉄骨の立て方でそれは起こった。

 

確か、7~8階部分だったと思う。

 

鉄骨屋が大騒ぎしだした。

 

聞けば、建物が真っ直ぐ立たないらしい。

 

こんなことは俺も今まで聞いたことないし、鉄骨屋も監督も墨出し屋も頭を抱えていた。

 

俺は、“何かにマンション建設を邪魔されている”と思い、所長に「もう一度だけ御祓いをしましょう」と願い出た。

 

この時は本当にそんな雰囲気が現場を包んでいて、所長もすぐに段取りをして、コンクリート打設を止めて御祓いをした。

 

その後、気持ちも心機一転して、工事も順調に進んだかに見えた。

 

しかし、現場に資材の荷揚げをするタワークレーンのフックに玉掛けワイヤーを掛けたまま、鳶が休養に入ってしまった。

 

その玉掛けワイヤーから、シャックル(U字形の連結金具)が現場に隣接する交差点の横断歩道に落下した。

 

地上13階に立ててあるタワークレーンだから、40メートルくらいの高さから1キログラム近い重さの物が落ちたのだ。

 

もちろん怪我人が出た。

 

ただ一般の人ではなく、現場に出入りしている営業の人の足に跳ね返って当たった。

 

幸い、怪我は大したことなく、明るみには出なかった。

 

躯体工事が終わって俺の役目も終わり、工事は設備や内装工事に移った。

 

内装工事で何が起こったか、起こらなかったか、俺は知らない。

 

しばらくして俺は立体駐車場の追加工事を頼まれ、再び現場に戻った。

 

所長に「変なことは続きましたが何とか終わりましたね」と言ったところ、「色々とあったけど何とか終わりそうだ。みんなで打ち上げでもしよう」と言われた。

 

後日、職長ひとりにコンパニオン2人が付く大きな打ち上げが開催され、現場施工の全てが終わった。

 

それから何年か経った頃、当時の鳶と別の現場で再会した。

 

その時に、あの地下にあった井戸らしきものを埋めた現場の話をした。

 

鳶は、あまり話には乗り気ではなかった。

 

当時サブリーダーだった者が今は職長をやっていて、昼休みに俺のところに来た。

 

そして、「○○さん、あの現場の後に何か変なことありませんでしたか?」と聞くのだ。

 

俺は、「おー、とんでもない借金背負ったわ!全部跳ね返したがな(笑)」と言った。

 

鳶の職長は、「こっちは班解体ですわ。そんで今は僕がやってます。他の躯体業者さんも皆潰れたらしいですわ」と。

 

確かにそんな話を聞いたが、よくある話で気にもしなかった。

 

鳶の職長は最後に、あの現場の最後の最後で、片付け専門の土工さんが亡くなったと教えてくれた。

 

現場で倒れたらしく、鳶が人工呼吸をしてビンタしたところ一度は目を覚ましたらしいが、すぐまた目を閉じてしまったと。

 

話はこれで終わり、だが・・・。

 

先日、その現場の近くに応援で入った時に、「住民はそんなことなど何も知らずに住んでいるんだろうな」と考えると、知らない方が幸せなこともあるもんだと改めて思った。

 

(終)

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