口をパクパクする金魚
当時まだ1歳だった娘を連れて
夏祭りに行った時の話です。
屋台を見ていると、
金魚すくいがありました。
娘にも何か生き物に触れて欲しいと思い、
何回か失敗しながら1匹の金魚を取って、
帰ったのです。
金魚鉢に入れて部屋に置くと、娘は珍しいのか、
近寄って中を眺めています。
まだ言葉を話せないのに、金魚と合わせて口を
パクパクさせて、まるで会話している様でした。
かわいいなと思っていた途端、何故か娘が、
火がついたように泣き出したのです。
赤ん坊ですからよくあることなんですが、
いくらあやしてもなかなか泣き止まず、
理由もわかりません。
その日から娘は、絶対に金魚に
近づかなくなりました。
無理に近くに連れていっても、
泣き出して離れてしまうのです。
特に気にも留めていなかったのですが、
ある午後、
娘の昼寝中に、部屋で一人ぼーっとしていた時、
ふと金魚と娘のことが気にとまりました。
この金魚、何か変なところでも
あるのかしら?
そう思って金魚鉢を覗き込んだんですが、
金魚はただ口をパクパクさせるだけ。
かわいいものだと見つめていたその時、
何気なく部屋の電気で反射して、
金魚鉢に映ったものを見た瞬間、私は
全身の毛が総毛だつのがわかりました。
そこには私の顔と部屋の景色と、それから、
私の右肩から覗く「知らない男の人の顔」が
映っていたのです。
そして何より驚いたのは、鉢の中の金魚の
パクパクという口の動きと、その男の人の
口の動きが、まったく同じだったこと。
あの金魚は一体なんだったのか。
金魚鉢に映った男の人は誰だったのか。
近くの川に金魚を放してから
もう5年経ちますが、
未だに金魚を見ると、
あの男性の顔を思い出します。
(終)