雨の降る晩に一人で琴を弾いていると
私は箏曲を習っているのですが、これはその先生から聞いた話です。※筝曲(そうきょく)とは、「こと」の音楽の総称。
雨の降る晩、先生は一人で琴を弾いていました。
しばらくして疲れてきたので、そろそろ弾くのをやめようかと思ったそうです。
しかし、なぜか手が止まらない。
なにか、曲に引きずられて勝手に弾いてしまう、そんな感覚だったそうです。
先生は、まあ1曲弾き終わるまで弾いておくか、と思ってそのまま引き続けました。
すると突然、畳の上で衣擦れのする音がしました。
誰か部屋に入って来たのかと思ったそうですが、障子を開ける音はありませんでした。
おかしいなと思いつつも、手を止めることは出来ずに引き続けました。
その時、先生は異様な空気に鳥肌が立ち、「いくらなんでも気持ち悪い」と思ったそうです。
やめたいのに、やめられない・・・。
弾き続けてしまう。
ふと正面に妙な気配を感じ、視線を琴の弦から少し先の畳に移した時、そこには和服の裾から『白い足袋』が見えたそうです。
その白い足袋は、どうみても踊っている足さばきでした。
先生は、足元しか見えなかったというより、上を見ようにも視線をそれ以上あげることは出来なかったと言っていました。
気絶しそうになりながらも手が止まらない状態で、やっと弾き終わった時には白い足袋は消えてしまったそうです。
結局は何も分からず終いだったようですが、これは『琴の音に乗って踊りたい幽霊』だったのでしょうか。
(終)