牛の脚の間から向こう側を覗くと
これは、同僚が体験した不思議な話。
家族を連れて牧場へ遊びに行った時のこと。
山の牧場はとてものどかで、乳搾りをしたり羊を触ったりして楽しんでいた。
そうこうしているうち、子供が奇妙なことを訴えだした。
「あそこに何かいるよ!」
そう言って、柵を指差す。
だが、彼には何も見えない。
「何もいないぞ?」と返すと、「ダメ、それじゃ見えない!」と言って、彼の手を引いて移動させる。
牛の側まで来ると、「ここ!ここから見るの!」と牛の脚を示した。
どうやら、“牛の脚の間からあちらを覗け”と言いたいらしい。
苦笑いしながらも、子供の言う通りにする。
「…あれ?本当に何かいるぞ」
黒毛の小さな豚のような生き物が、柵の根元に座り込んでいた。
ペタンと胡座をかき、ひどく退屈そうな格好で。
豚に似て見えるが、どことなく人間臭い印象も受ける。
慌てて立ち上がって眺め直したが、そこからだと何も見えない。
ゆっくりとしゃがみ直し、もう一度脚の間から向こうを見やった。
「いた。何だ、何でここからだと見えるんだ!?」
思わず子供と駆け回って、そこらの牛や羊の脚の間を覗きまくった。
確かに見える。
普通に見ると見えないが、動物の脚間を通すと、黒小豚に似た生き物がそこにしっかりと見えてしまう。
父子でおかしな行動を取るのが目立ったのか、牧場の作業員が寄ってきた。
「あの、あの…」と口ごもる。
何と説明したら良いものやら。
作業員は微笑みながら、「マタマタが見えたんですね」と口にした。
聞けば、時折牧場に出没するモノノケなのだそうだ。
四つ脚の動物の、脚の間から眺めた時にだけ、その姿が確認できる。
昔からそこの牧場では、『マタマタ』と呼んでいるのだと。
「何をしても反応しないし、向こうから何かすることもないので放っています。
滅多なことじゃ気が付かないですしね。
気が付くのは大抵、お子さんのようにまだ小さな子供ですよ」
ただ牧草の上に座り込み、あくびをするだけのモノノケ。
おかしなモノもいるものだなぁ、と不思議に思ったのだそうだ。
(終)
※参考
異世界と繋がる窓は色んなところにある。
たとえば、狐の嫁入りは股の間から覗くと(いわゆる股のぞき)、その姿が見えるという言い伝えもある。