通勤途中に目が合った首だけの女性
いつもの通勤時間、俺は中央線のラッシュに揉まれていた。
たぶん中央線でもっとも自殺が多いと言われる、あの場所に差し掛かった。
乗っている車両は5両目辺りで、ちょうど列車の真ん中くらいだったと思う。
つり革に掴まってぼーっと外を眺めていると、前触れもなく急ブレーキがかかった。
その瞬間、人の波が激しく打ち寄せ、車内は将棋倒しのような状態に。
何だ?
嫌な予感がしていたが、その場から起き上がり、放送に耳を傾ける。
「ただいま先頭車両が何かと接触したようです。調査しますのでしばらく停車いたします」
何かって、何?
時間がかかりそうだったので、カバンから本を取り出して読もうとしたその時、右側の方でOL風の女性が外を指差して叫んでいる。
その異様さに、俺は一気に身体が硬直して、冷や汗のようなものが流れるのを感じた。
次々と乗客が叫び声を上げる。
話の種でも見たくなかったが、誘われるようにドア付近へ移動し、下を覗き込んだ。
見なければよかった。
とてつもなく後悔した。
その時、首しかない女性と目が合ってしまった。
何か言っている様子だったが、聞こえないフリをした。
もうパニック状態だった。
急いで車両の真ん中に戻ったが、その女性の顔が頭に焼き付いて離れない。
だが、何を言いたかったのかが妙に気になり、もう一度だけ見に行こうと思ってしまった。
行かなければいいのに、なぜか足は止まらない。
首は少し移動していた。
血だまりから30センチほど線路から離れるように。
どうやって移動したのかはわからない。
首は俯いていたので表情は見えなかった。
しばらくして再び放送が入り、人身事故による(遺体回収)作業のため、しばらく停車するとのこと。
バケツとビニール、火ばさみを持った人達が慌ただしく動き回っている。
その中の1人が、首に気がついて回収にきた。
ただ、火ばさみで挟むには首が大きすぎて、手で持ち上げることに。
しぶしぶ持ち上げられた時、首は口を開けて笑っていた。
月日は過ぎたが、今でもその時のことは忘れられない。
(終)