悪夢を断ち切った祖父の怒り
小学生のある時期に、妙な夢を見るようになった。
夢の内容は、“スレンダーマンみたいな全身黒ずくめの痩躯長身の男が、少し離れたところから私をずっと付け回してくる”というもの。※痩躯(そうく)=痩せた身体
初めのうちはそこまで怖いとは思わなかったが、気づいたらこの夢ばかりを何度も繰り返して見るようになってしまい、さすがに気味が悪くなって両親に相談した。
話を聞いた両親は寝る部屋や布団を変えたりしてくれたが、効果はなかった。
毎日ではないものの、数日に一度は必ずこの夢を見た。
さらに、夢の中の男がだんだん距離を詰めてきている感じがして、寝るのが怖くなってきていた。
そんな時に、同居していた父方の祖母が私のことを心配したのか、「一緒に仏様を拝もう」と言ってきた。
家の仏間は狭いし薄暗いからあまり入りたくなかったのだが、他に方法が思いつかないし、祖母も一緒ならいいかと思って、夜寝る前に仏壇に手を合わせることにした。
拝むようにしてから数日後、夢を見た。
何もない、幅の広い道路を私は歩いている。
振り向くと、あの男が少し後ろにいる。
そして私が少し歩くと、その男は付かず離れずついてくる。
そんな調子で道をずっと歩き続ける。
そこまではいつもの夢と一緒だった。
だが、突如後方から車がきた。
タクシーだった。
私はこのタクシーに乗せてもらおうと手を挙げた。
しかしタクシーは止まらず、むしろ速度を上げて突っ込んできた。
そしてタクシーは後ろの男を豪快に跳ね飛ばしたあと、私の前方に止まった。
その後、タクシー運転手のおっちゃんが降りてきて、その男をトランクに放り込むと、そのままタクシーはUターンをして来た方へ戻っていった。
車から降りてきた時に、少しだけおっちゃんの顔が見えた。
めちゃくちゃ怒っているような、それとも泣きそうなのか、よくわからない険しい表情をしていた。
それ以来、悪夢をぶり返すことはなかった。
あまりに突飛というか、ギャグチックな結末だったので、両親や祖母には「嫌な夢を見なくなった」とだけ伝えた。
たぶん笑われるのが嫌だったんだと思う。
日は過ぎて、中学生の時に家を引っ越すことになり、家族総出で茶棚やら押入れやらタンスやら整理していたところ、古いアルバムを見つけた。
若い頃の祖父母のものだった。
祖父は私が幼稚園に入る前に亡くなっている。
孫や息子の嫁(私の母)にはすごく優しかったものの、結構ワガママなうえ、喧嘩っ早い人だったらしい。
病気がちだった晩年も、禁煙禁酒を勧める父や祖母と喧嘩ばかりしていたらしく、特に祖母は亡くなった後も祖父のことを話題に出したがらなかったので、私もあまり聞かないでいた。
だからそのアルバム見るまで、“祖父が若い頃にタクシー運転手をやっていた”ことなんて知らなかった。
その日に小学生の時の夢の本当のオチを、祖父を引き合いに出しながら祖母と両親に語った。
偶然かもしれないが祖父が見守っていてくれたみたいで、なんだかすごく嬉しかった。
母は、祖父はさすがに人身事故は起こしてないよと苦笑いを浮かべていた。
祖母は、「あの人は本当にあなたのことを可愛がってたからねぇ。だからなおさら自分の体をもっと労わって欲しかったんだけどねぇ」と言っていた。
父は鼻で笑っていたが翌朝に仏間を覗いたら、仏壇に父の煙草と缶ビールが供えてあるのが見えた。
現在は実家を離れて一人暮らしをしているが、帰省した時と実家を出る時には毎回仏壇を拝むようにしている。
もちろん、曲がりなりにもタクシー運転手をやっていた人間が相手を跳ね飛ばすとかはさすがに…と思わないでもないのだが、祖母曰く「若い頃はかなりヤンチャだった」らしいので、“死んでリミッターが外れた結果あのようになったのかな”と勝手に解釈している。
(終)