ご利益を求める人々が知らない真実

うちの町内にある神社には、日本名水百選に選ばれたほどの、清水が湧き出る小さな『泉』がある。

週末ともなると、近隣だけではなく遠方からも評判を聞きつけて多くの人々がその清水を汲みにやって来る。

またその水は、飲んだり患部にかけたりすることで、病気やできもの、腫れものなどが治るとされる霊験あらたかな聖水としても知られており、そんなご利益を求めてやって来る人も少なくない。※霊験あらたか＝神仏の加護やお力が現れること

ただ、あまり知られていないが、その泉にはこんな逸話が残っている。

百年ほど前、泉の近くに母娘が住んでいた。

気の毒なことに、娘には生まれた時から顔に醜いアザがあった。

母親はそれをたいそう気に病んで、毎日のように昼となく夜となく娘を泉に連れて行き、そのアザに泉の水をかけてやっていた。

だが、一向にアザは消えなかった。

ある日、いつものように娘を泉に連れて行った母親は、突如何を思ったのか、娘の顔を泉の中に沈めようとした。

激しく抵抗する娘の様子にも躊躇うことなく、驚異的な力で母親は娘の頭を持って泉に沈め続けた。

騒ぎを聞きつけた近所の人が、急いで母親と娘を引き離そうとするが、それでも容易に離すことが出来ない。

自分一人だけでは埒が明かず、助けを呼びにその場を離れ、何人かを連れて急いで戻ってきた。

すると、フラフラとこちらに向かって歩いて来る母親の姿が目に入った。

母親は「治った、治った…」と叫びながら、泣き、笑い、そして何やらブツブツと呟きながら歩いていた。

母親を捕まえ、人々が泉のそばに駆けつけてみると、娘は凄まじい形相で息絶えたあとだった。

しかし不思議なことに、その顔からは綺麗にアザが消えていたのだという。

この話は神社のほんの近辺にしか知られていない。

そして今でも、その泉には水を求めて多くの人々がやって来ている。

（終）