非日常を求めて青木ヶ原へ

青木ヶ原樹海

 

これは今から10年前の、俺がまだ学生だった頃の体験話。

 

毎日に退屈していた俺は、“何か非日常的なものを見たい”という思いから、2人の友達と3人で『青木ヶ原の樹海』へと向かった。

 

自殺死体を見てみたい、という好奇心からだった。

 

ただ一言に樹海といっても、あまりに広い。

 

だから場所は、完全自殺マニュアルに載っていた《風穴》という観光名所から樹海へ入ることに決めた。※完全自殺マニュアルとは、様々な自殺の方法が客観的に書かれている書籍。

 

樹海へと向かう道すがら、まだ気分的に余裕があった俺達は、「見つけたらビデオに撮ろうぜ!」、「俺は死体の下で夜に寝れるよ」などと意気込んでいた。

 

だが、この余裕も数時間後には全てすっ飛ぶことになる。

 

中央高速を車で飛ばして2時間、風穴に到着。

 

現地は観光名所で、入口の駐車場付近には人が沢山いた。

 

『親からもらった大切な命、もう一度よく考えよう』

 

そのような自殺防止の立札があちこちにあった。

 

家族連れの観光客とのアンバランス感が、なんとも不思議な雰囲気を醸し出していた。

 

場所はここで間違いない。

 

とりあえず、本に載っていた方向へ歩を進めた。

 

樹海を進む林道沿いには色んなものが落ちていた。

 

靴やビニールシート、花、中には完全自殺マニュアルの切れ端も。

 

俺達は死体が近くにあるかもしれないという異様な緊張感の中で、さらに林道を奥へと進んだ。

 

《どこでもいい右へ入る》

 

ついに完全自殺マニュアルが示す、死を選ぶべき場所へ着いた。

 

ここは、あの世とこの世の狭間の世界。

 

木々のざわめきも気になりだす。

 

林の中へ入ると方向感覚をなくす。

 

これは本当だ。

 

青木ヶ原の樹海は、溶岩の上に生い茂る森だ。

 

辺りはデコボコしていて、まっすぐに進めない。

 

何の目印もない。

 

林道がどっちの方向だったのか、すぐにわからなくなる。

 

俺達は持ってきたビニール紐を林道の入口に括り付け、奥へと進む。

 

視界の届く範囲を注意深く観察しながら、さらに進んだ。

 

林の中にも色んなものが落ちていた。

 

バッグが中身ごと捨ててあったり、キャンプを張った後がそのまま残っていたり。

 

とにかく人工物が見える場所は隈なく探した。

 

中には空になった大量の飲み薬のゴミも落ちていたが、死体は見つからない。

 

しばらく歩いていると、木の枝に括り付けられたロープを見つけた。

 

しかし周りには何も見当たらない。

 

ここで自殺を思い立ったが結局は踏ん切りがつかずに諦めたのだろうか…。

 

森を彷徨うこと2時間。

 

時刻はちょうど正午。

 

依然として死体は見つからない。

 

次第に緊張感も薄れ、なぜかホッとしている。

 

(そんな簡単に死体なんてあるわけないよな…)

 

俺は棒を手に取り、振り回しながら先頭を歩く。

 

そして、その時は突然訪れた。

 

一生忘れないだろう。

 

森の静寂を切り裂くあの光景を。

 

俺の後ろを歩く友達の1人が、茂みの向こうを指差して言った。

 

「なんか赤いものがあるよ」

 

わずか10メートル先に、俺は見た。

 

赤いシャツを着た男性が、首を吊って死んでいる。

 

「ヤバイヤバイヤバイヤバイ」

 

俺は、とっさに友達2人を後ろへと追いやった。

 

「何?何?何?」

 

ビックリした友達に、俺は言う。

 

「死んでるよ!死んでる!!」

 

まだ見ていない友達2人に状況を説明する。

 

死体の下で夜に寝れると言っていた友達が、恐る恐る忍び足で見に行く。

 

「本当だ…」

 

とりあえず全員で死体を見に行く。

 

死体が、ぶら下がっている…。

 

俺は頭が真っ白だった。

 

もう何も考えられない。

 

死体は首がありえない角度まで曲がっていた。

 

後頭部がこちらに向いていて、顔は全く見えない。

 

そもそも、死体に近づく勇気すらない。

 

全員が茫然としていた。

 

その時、小鳥が1匹、死体の肩に止まった。

 

鳥にとっては、もはや『物』なのだ。

 

一体この人はいつからここにいたのだろうか。

 

しばらくして落ち着きを取り戻した俺は、ビデオを取り出して撮影しようとした。

 

すると、友達が「やめろよ!」と強く言う。

 

友達2人は、俺よりも精神的ショックが大きいようだった。

 

もはや死体の下で寝れるなんて、言うまでもなく不可能な状態だった。

 

なにせ近づくことすら出来ないのだ。

 

結局、警察に通報することもなく、俺達はその場を後にした。

 

(終)

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