覗き合う夜と近づく距離
ネットの発達のせいかは知らないが、心霊写真は解析され、心霊動画は検証され、幽霊なんてすぐ否定される時代になった。
だが俺の家の隣にある廃屋、ここには未だに霊が棲みついている。
月の出た明るい夜、部屋の窓から双眼鏡で舐めるように隣の廃屋を眺める。
荒れた庭、玄関ポーチ、1階の窓、2階と覗くと、2階の窓に『白い着物を着た黒髪の女』が現れる。
女もまた、双眼鏡を持っている。
そしてレンズ越しに俺を見る。
数分間の夜の静寂に、双眼鏡を持つお互いの姿を眺め合う。
一連の流れの中で、ここは俺的に結構怖い。
スリリングでもある。
なぜこんなことをしているのかと言えば、小さい頃からの独自の習慣だから。
お隣りに幽霊がいる、俺はそれが見える、害はない、それだけだ。
俺にとっては大事な隠し事であり、日常でもあった。
女が何を考えているのかは全く知らなかったが。
ただ、最近は少しわかる。
大人になった俺は考えた。
幽霊は基本として何を望むのか。
生きたい、ヒトになりたい、だろうなと。
だからヒトの俺と同じ行動をするのだろう。
女は隣の廃屋で普通に死んだ、普通の幽霊かと思われる。
この辺は治安が良く、それほど酷い死に方をすることは考えにくい。
だから、きっと素朴な幽霊だ。
怖いし、可哀相だし、真実はわからないが、お互い双眼鏡を覗き合う仲なら、このまま続けるのも面白い。
そう思っていた。
しかし先日、窓から静かに覗き合った時のこと。
向かいの暗い窓から突然、女が双眼鏡を庭に叩きつけた。
俺は血の気が引いた。
露わになった女の目はよく見えなかったが、たぶんちゃんとヒトの顔の形をしていた。
女は、「殺す殺す殺す殺す」と繰り返し絶叫する。
怖かったが、目は逸らさなかった。
逸らせば終わり…という気がしたから。
正解だった。
しばらくすると、女は落ち着いた。
そして、また双眼鏡で見つめ合う日常に戻る。
まだやっているのか?と思うのかもしれないが、今さら止めるのも怖い。
ちなみに、あの夜の女の絶叫は、ご近所さんには聞こえなかったようだった。
幽霊って何だろう。
何がしたいのだろう。
得体の知れないものは本当に怖い。
今日は家の前に大量の髪の毛がばら撒かれていた。
なんだか色んな意味で距離が近づいてきている。
(終)
AIによる概要
この話の主題は、未知の存在である幽霊への恐怖と興味が交錯する人間心理、非日常が日常に紛れ込む異常性、そして距離感の変化による不安が描かれている点です。幽霊を通じて「生きること」や「人間らしさ」への問いかけも含まれています。