墓参りで出会った赤いトレンチコートの女

墓地

 

2年ぐらい前の話になる。

 

その日は母の命日だったのだが、仕事が忙しくて墓参りに行くのをすっかり忘れていた。

 

ようやく仕事が終わって時計を見ると、夜の10時。

 

さて帰るか、と思い何気なく携帯を見ると、メールが1件。

 

開いてみると兄貴からで、内容は「墓参り行った?」というもの。

 

そこでようやく、墓参りに行っていないことに気づいた。

 

明日に先送りするのも母に悪い気がしたし、仕事もこの時期はピークで忙しく、時間がない。

 

ちょうど母の墓がある寺は帰り道だったこともあり、帰りがけに寄ることにした。

 

さすがに線香や花は用意できなかったが、母の好きだった和菓子をコンビニで買い、寺に向かう。

 

寺と言っても規模は小さく、監視カメラこそあるものの、深夜に出入り自由という何ともアバウトな寺だ。

 

正門の脇の小さな扉から中に入り、前から2列目の左奥にある母の墓へ向かう。

 

すると、どうやら先客がいるようだった。

 

母の墓があるひとつ奥の列に、誰かがいる。

 

暗くて遠目からはよく見えなかったが、赤いトレンチコートがよく目立つ髪の長い女性だった。

 

こんな時間にこんな格好で墓参りなんておかしいよな、と思ったが、母の墓の前まで行ったときに軽く目が合った。

 

その瞬間、彼女はニッコリと会釈をしてくれたので、少し安心する。

 

「まあ、こういうこともあるよな」と、1人ぼっちの不安を忘れながら、お供え物の和菓子を備え、手を合わせて目を瞑る。

 

「こんな時間になってごめん、母さん」と謝り、墓参り終了。

 

帰ろうと思って顔を上げると、背後からすごい視線を感じた。

 

もしかして、さっきの女の人かな? と思い後ろを向く。

 

「うわっ!」

 

思わず声が出た。

 

そこには、先ほどまで1列後ろにいたはずの女の人が、俺の真後ろ、目と鼻の先にいたのだ。

 

しかも、先ほどの笑顔とは違い、顔は青白く、目をこれでもかと思うほど見開いて俺を憎らしげに見ていた。

 

「あぁぁぁぁ!」

 

もう声にならない叫びを上げながら全力疾走。

 

途中、靴ひもがほどけて何回転んだかわからないくらい必死に走った。

 

でも、止まるなんて絶対に無理だった。

 

止まったら、あの女が後ろにいるんじゃないかと思ったから。

 

やっとのことで自宅に着くと、家中の鍵という鍵をかけまくった。

 

それでも不安だったので、風呂にも入れず、電気とテレビをつけっぱなしでリビングで寝ることにした。

 

ソファーに寝転び、テレビを見る。

 

ちょうどお笑い番組がやっていたので、見ているうちにだんだん恐怖が薄れていった。

 

「疲れてたんだな」と自分に言い聞かせ、強気になった俺は部屋の電気とテレビを消して寝ることに。

 

だが、電気を消そうとスイッチを押すつもりが、間違えて隣にある玄関モニターのスイッチまで押してしまった。

 

「!!……マジかよ」

 

この時ほど、1人暮らしの独り身を悔やんだことはなかった。

 

モニターには、門の向こう側にはっきりとあの赤いトレンチコートが映っていた。

 

解けていた緊張が一気に張り詰める。

 

だが、俺はこのとき恐怖と同時に怒りが湧いてきていた。

 

「この女、実は霊なんかじゃなくて、ただのストーカーなんじゃねぇのか? こういうのはビビったら負けだ」

 

そんな風に、なぜか強気な姿勢に。

 

モニターを見る限り、あの女は門から入って来ていない。

 

「こちらから行くしかない」と思ってドアに手をかけた瞬間、俺の心臓は凍りついた。

 

玄関ドアは曇りガラスでぼやけて外が見えるのだが、そのガラス一面に複数の顔がびっしりと外から張り付いていた

 

それも、全体に。

 

恥ずかしながら、そこで俺は気を失った。

 

人って恐怖だけで本当に気を失うようだ。

 

それ以降もこの家には住んでいるが、怖いことは起きていない。

 

ただ、あれ以来、一度も墓参りには行っていない。

 

母さん、ごめん…。

 

(終)

AIによる概要

この話が伝えたいことは、忙しさの中で大切なことを忘れてしまうことへの後悔や、日常の何気ない行動が思いもよらない恐怖につながること、そして心のどこかにある罪悪感や後悔が、人の心理にどのような影響を及ぼすのかということです。特に、墓参りという行為が持つ「故人への思い」や「義務感」といった感情が、語り手の行動を突き動かしながらも、最終的に恐怖体験へとつながっていく点が印象的です。

また、恐怖に直面したときの人間の本能的な反応や、非現実的な出来事に対する疑念と恐怖の間で揺れる心理が巧みに描かれており、日常と非日常が交錯することで生じる不安感が話の核心となっています。

結局、語り手は恐怖を体験したことで母の墓参りから遠ざかってしまい、後悔と罪悪感を抱え続けることになり、そうした人の心の弱さや脆さが強く浮き彫りにされています。

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