日常から非日常への境界線を越える瞬間
これは、大学4年の5月にあった話。
教員免許取得のため、母校の中学校へ教育実習に行った。
実習生は男2人、女5人ほどのグループで、無事に2週間の実習を終了した。
最終日には打ち上げと称して、若手の先生3人くらいと居酒屋に行った。
田舎だったため、先生たちの車2台に分乗することに。
俺は体育の男性の先生の車に乗せられた。
居酒屋での飲み会が終わり、「近くの心霊スポットに行こう」という話になった。
そこは、現在使われている大きなトンネルの上にある、小さな旧道のトンネルだった。
クネクネした山道を30分くらい上っていく途中、助手席に座っていた女の子が酒のせいか車酔いかで体調を崩し、シートベルトをしたままダッシュボードに伏せてしまった。
トンネルに到着すると、くじ引きでペアを決め、2人ずつトンネルを反対側まで進み、全員が合流して戻ることになった。
ところが、俺は具合が悪くなったその彼女とペアになってしまい、「じゃあ君はこの子の様子を見てて」と、車に残されることになった。
車内には2人きりだったが、特に会話はなかった。
彼女はずっとダッシュボードに伏せたままで、寝ているのか起きているのかもわからない。
ちなみに彼女は実習中、明るいおバカキャラとして待機室を盛り上げていた子だった。
そうこうしているうちに、トンネルの向こうからみんなが帰ってきた。
特に何事もなかったらしい。
その後、再び車に分乗し、「次はカラオケに行こう」という話になった。
またクネクネ道を下っている間も、彼女は伏せたまま。
そのとき、運転していた体育の先生が、大学時代に経験した怖い話を語り始めた。
話の細かい部分は忘れてしまったが、内容はこうだった。
先生が友達と踏切で列車を待っているとき、その友達が霊感のある人で、踏切の反対側にいる男を指して、「あの男はこの世の者じゃないよ」と言ったそうだ。
そんな馬鹿なと思いながら遮断機が上がり、踏切を渡っていると、すれ違いざまにその男がこう言ったという。
「なんでわかった」
その話を聞いていると、伏せていた彼女が男の声で同じ言葉を喋ったのだ。
「なんでわかった」
車内は一瞬で凍りついた。
体育の先生は真っ青になり、誰も言葉を発することができなかった。
山を下りると、彼女は何事もなかったように普通に戻った。
喋った言葉の件について聞いてみたが、本人は全く覚えていないと言う。
あのとき、俺は本当に取り憑かれた彼女と車内で一緒にいたのだろうか?
(終)
AIによる概要
この話が伝えたいことは、日常の延長線上にある非日常の不気味さや、何気ない出来事が突如として異常なものに変わる恐怖です。教育実習というどこか懐かしさを感じる平和な場面から始まり、打ち上げや心霊スポットへの訪問といった学生らしいノリが描かれる中で、突然訪れる怪異の瞬間が際立ちます。
さらに、登場人物の反応や行動がリアルであることが、物語に現実味を与えています。例えば、具合の悪い女の子を気遣う雰囲気や、車内での何気ない会話、心霊スポットへの興味など、誰もが経験し得る状況が描かれていることで、読者はその出来事を自分の身近なことのように感じやすくなっています。
特に印象的なのは、女の子が発した「なんでわかった」という言葉です。この一言は、日常から非日常への境界線を越える瞬間を象徴しています。また、その出来事を本人が覚えていないという事実が、恐怖をさらに強調し、読者に「現実と非現実の境界とは何か」を問いかけます。
全体を通して、この話は、「普段の何気ない生活の中にも、説明のつかない不気味な出来事が潜んでいる」というメッセージを伝えているように感じられます。そして、それに直面したとき、人間はその出来事をどう受け止め、どのように記憶に刻むのかを考えさせられる話です。