私が知るはずのない村外れのじいちゃん
母親と晩御飯を食べながら、
今度、同じ集落の近所の家が
建て替えをするらしい、
という話をしていました。
私が住む集落は、
N県の山奥の小さな集落なので、
そういった事は伝わるのが早いのです。
その家は私が小学生の時まで、
100歳を超える方が住んでいて、
(もう10年以上前)
市長から表彰されたり、
集落の小学生が訪ねては
話を聞いたりしていました。
当然、私もたまに、
お邪魔してしておりました。
現在では亡くなり、
そこの倅(せがれ)が
今度嫁をもらうために建て替える、
というのが母の話でした。
母「あんた、
あそこの家のじいちゃん覚えてる?」
私「覚えてるけど、
あんまり好きじゃなかったなあ。
何喋ってるかよくわからなかったし。
年寄りなら村はずれの○○衛門(屋号)の
じいちゃんの方が好きだったなあ。
いつ亡くなったんだっけ?」
母「はあ?誰のこと言ってんのよ。
あそこの家は昔から誰も住んでないよ」
私「そんなことないよ。
小学生の頃によく行って、
話したりお菓子を貰ってたよ」
私の記憶では、
集落にはもう一人100歳を超える
おじいちゃんがいました。
名前は覚えておりませんが、
屋号をとって「○○衛門のじいちゃん」
と呼んでいました。
その家は集落の一番端、
別の集落へ続く道の脇にあり、
学校帰りに寄っては、
よく昔話なんかを聞いていました。
おじいちゃんは私によくしてくれました。
行くと笑顔で迎えてくれて、
お菓子もくれるし、
正直自分の家の祖父よりも好きでした。
母「あそこの家は、
あんたが小学生の頃には
もう誰も居なかったわよ」
私「いやいや、居たよ。
100歳超えてて顔しわくちゃだけど、
ハッキリ喋るじいちゃんが。
いっつも杖ついてて、
でっかい鯉飼ってたじゃん」
母「なんで知ってるの?
確かにそういうおじいちゃんいたけど、
あんたが生まれる前には
もう亡くなってたわよ」
私「亡くなったのは知ってるけど、
私が小学生の時はまだ絶対生きてたよ」
そこからは生きてた亡くなってたの
堂々巡りで噛み合いません。
そこへ父が帰ってきました。
父に経緯を話すと、
母と同じで私が生まれる前に
既に亡くなっていた、
との事でした。
父「俺、あそこのじいさんの
葬式に出たから間違いない。
まだ結婚前だったな」
父によれば、
○○衛門の家はおじいさんを残して
家族は皆病気や災害で亡くなり、
一人で住んでいたとの事でした。
鯉の飼育が趣味で、
子供にお菓子をあげたりする
優しい人だったそうです。
さすがに100歳近くなるにつれ、
元気とはいかなくなりましたが、
歩けなくなったりということはなく、
最期の時までしっかりしていたそうです。
言われてみれば、
私は友人や親兄弟と一緒に
訪ねた覚えもありません。
いつからじいちゃんの家に
行くようになったかは覚えておらず、
いつから行かなくなったのかも、
覚えていません。
確か高校生くらいの時に
その家の前を通り、
廃墟になっているのを見て、
漠然と亡くなったんだと
感じたんだと思います。
死んだ人と話したのか、
ただの大きな勘違いなのかはわかりません。
しかし、
私には確かに○○衛門のじいちゃんと
話した記憶があります。
集落に伝わる昔話や、
ちょっと怖い話。
戦争の話や、
鯉の話。
いろんな話を聞きました。
声も笑い方も覚えています。
それだけは確かです。
(終)