偶然立ち寄ったラブホテルの怪異

ラブホテル 部屋

 

ある国道沿いのラブホテルで遭遇した、

霊にまつわる体験談である。

 

「ここでいっか」

 

からそれは始まった。

 

まずこのホテル・・・

 

周りには建物が無く、

裏側は山のような場所にある。

 

二階建てアパートのような佇まいで、

店員が居ない無人営業。

 

支払いは機械にお金を入れて清算し、

ドアが開くシステム。

 

お世辞にもキレイとは言えない。

 

というか、

ハッキリ言いたい。

 

古くてボロくて汚い。

 

では本題に。

 

彼女とドライブを楽しんで、

そろそろ泊まる場所を探していた頃、

 

それは目に入った。

 

俺は早く休みたかったので、

ついつい出てしまったあの言葉。

 

「ここでいっか」

 

車を停め、寒いこともあり、

足早に部屋へと駆け込んだ。

 

初めて泊まる場所はチェックもあるが、

興味が湧いて部屋を見回す。

 

トイレ、風呂場、ベッド・・・

 

そんな中、

 

壁には時代遅れのポスターが

貼ってあるのに気づき、

 

彼女がトイレに入っているその隙に、

壁とポスターの間を覗き込んだ。

 

俺は肩を落とした。

 

かなり古くなった『御札』

見つけてしまったのだ。

 

「仕方ない・・・

彼女には黙っておいて我慢しよう」

 

と覚悟を決めた。

 

そして、

 

疲れを取ろうと湯船に溜めておいた

お湯の量を見に行くため、

 

風呂場に向かった。

 

そこでまず最初の異変が起きる。

 

閉まっていたはずの窓が

開いているのだ。

 

それだけではない。

 

窓に目をやったその瞬間、

 

外にあった『何か』が

スッと消えたように感じた。

 

これで風呂は断念。

 

恐る恐る窓を閉め、

 

「壊れてるみたいでお湯が出ない」

 

と彼女に伝えた。

 

しかし、

彼女の様子がおかしい。

 

彼女は返事もせず

口元に人差し指を当て、

 

シーッと言うのだ。

 

しばらく静寂が続く中、

それは微かに聞こえた。

 

女性の鼻歌のような掠れた声・・・

 

そして徐々に大きくなって、

はっきりと聞こえるようになり、

 

無言のまま二人が向けた視線の先は、

同じようにベッドの下だった。

 

一気に空気が冷たくなった。

 

想像して頂ければ分かると思うが、

まさにこれが背筋が凍るというやつだ。

 

俺はとっさに布団を下ろし、

隙間に詰め込んだ。

 

鼻歌は聞こえなくなった。

 

彼女は気の強い方だが、

 

さすがにこの時ばかりは

そうはいかなかったようだ。

 

もちろん俺だって、

冷静でいられるはずがない。

 

しかし、「ここでいっか」

と言ったのは俺だ。

 

それに覚悟は決めていた。

 

彼女と話し合い、

 

もし限界が来た時は帰ろう、

と約束をした。

 

すると、

 

ベッドの下からは

何かが転がる音がし始めた・・・

 

彼女は不安がり、

俺は意を決した。

 

大きく息を吸い込み、

布団をどけて覗いた。

 

こちらに転がってくる、

筒状の物体。

 

真っ赤な口紅だ。

 

俺はそれを手に取り、

テレビの上に立てた。

 

「これで平気」

 

と言いながら。

 

俺は開き直り、

カラオケを提案した。

 

暗い雰囲気だし、

彼女も賛成した。

 

そしてリモコンを手に取ると同時に、

風呂場で物音がした。

 

彼女は窓のことを知らない。

 

俺は一人で風呂場へ向かった。

 

そして勢いよくドアを開けた瞬間、

冷たい空気に包まれた。

 

また窓が開いていて、

 

外には一瞬だけ、

顔のような輪郭の影が見えた。

 

俺は恐怖心をかき消すためにも

強く窓を閉め、

 

今度は鍵も掛けた。

 

そして彼女の元に戻り、

 

「気のせいだと思う」と告げ、

カラオケを始めた。

 

彼女は震える手で数字を入力すると、

送信ボタンを押した。

 

すると、

 

聴いたこともない悲しげな曲が

流れ出したので、

 

「お前、なんだよこの曲!」

 

と強い口調で彼女に言った。

 

怯えながら彼女は、

 

「違う!私こんなの入れてない!」

 

と答えた。

 

俺はリモコンを取り上げ、

すぐに演奏を中止した。

 

今度は彼女に曲の番号を言わせ、

俺が入力した。

 

すると、

また同じ曲が流れ始めたのだ・・・

 

彼女は泣き出した。

 

俺は演奏を中止するため、

ボタンを押した。

 

・・・が、

 

演奏が止まらない!

どうやっても止まらない!

 

俺は荷物をまとめて彼女の腕を掴み、

 

「すぐ帰るぞ!」

 

と言っては財布を取り出し

ドアへ向かうが、

 

動揺しているため上手く札が入らない。

 

そうこうしているうちに、

延々と流れる演奏がサビに入っていた。

 

そこで気づいた。

 

聞き覚えのあるメロディーなのだ。

 

さっき、ベッドの下から聞こえてきた、

あの女性の鼻歌・・・

 

そのメロディーだった。

 

支払いを済ませてすぐ車に乗り、

国道を逃げるように走り帰った。

 

今でも彼女に黙っている秘密が

一つだけある。

 

それは、

 

国道を走りながらバックミラーを

ふと見たその時、

 

後部座席には青白く光る、

髪の長い女性が座っていた。

 

その女性は言うまでもなく、

 

唇には真っ赤な口紅が

べったりと塗りたくられていた。

 

(終)

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