ポストに新聞が溜まり始めたアパートの一室
俺は新聞の臨時配達員をしていて、よく色々な地域に飛ばされる。
大概は何事もないのだが、稀に不思議な経験をしたりする。
これは千葉へ行った時の話だ。
いつものように依頼を受けて新聞販売店へ向かい、いつものように仕事の段取りを終えた。
田舎だと聞いていたから面倒な場所かなと思ったが、配達することになった区域は普通の住宅街で楽な仕事だった。
専業(正社員)の人達も気さくで、遊ぶ場所がない以外は何も問題がなかった。
そうして一週間ほど経った頃、配達にも余裕が出てきたところで問題が起こった。
夏ではなくて本当に助かった
問題とはいえ大したことではなく、新聞屋をしていればよくある問題だ。
あるアパートに住んでいるお客様がドアポストから新聞を抜かなくなり、新聞が溜まり始めた。
それを見た俺は、3日間新聞がポストから抜けていなかったところで、その区域を担当している専業の人へ報告をした。
こうなると販売店毎の対応に若干の違いはあるが、今回はまずそのお客様へ電話をしていた。
しかし予想していた通り、お客様は電話に出なかった。
では次はどうするか?
その販売店の対応は、手紙を入れて配達は続けることだった。
通常通りに配達をして、前日の新聞が抜けていなかったら回収し、当日の新聞をポストへ入れる。
そして手紙には、『回収した新聞は当店で保管しているので、必要なら電話をしてくれればすぐに届けます』という旨の内容。
俺は内心で面倒だとは思ったが、そういう指示が出たなら仕方がない。
翌日の配達時に手紙をポストへ入れ、当然のように抜けていない前日の新聞を回収した。
そこまでは良かったが、そのまた翌日の配達時に不思議で奇妙なことが起こった。
いつものようにアパートの階段を上がり、件のお客様の部屋のドアポストを見ると、やはり前日の新聞が抜けていない。
なんだかなぁと思いながら、ドアポストに刺さっている前日の新聞を抜くと、すぐ異変に気が付いた。
新聞のちょうど半分、ドアポストの中へ入っていた側に、沢山の切り込みがあった。
説明が難しいのだが、タコさんウインナーを想像してもらえば分かるだろうか?
上半分はそのままだが、下半分は細く線状に切られている。
ポストに入って外から見えなかった部分に、切り込みが沢山入っていた。
それを見てまず俺が思ったのは、「このお客様は新聞を取りたくないのでは?」だった。
よくある話だが、契約してサービス品を貰うだけ貰った挙句、ごねて契約をなかったことにしようとする輩がいる。
もしかするとこのお客様は、新聞を意図的に抜かず、さらにこんなことをして喚く類の人なのでは?
どうしようかと悩んだが、とりあえず下半分が切り刻まれた前日の新聞を回収して、手紙と当日の新聞を入れた。
そして、その日の夕刊準備時に区域担当の専業へ今朝のことを報告すると、こんな答えが返ってきた。
「そこのお客様は、ずっとうちの新聞を取ってくれている人だし、集金の滞納も一度もない。とりあえず毎日こっちも電話するから、指示通り回収と配達をし続けてくれ」
そう言われたら仕方がない。
俺は臨時配達員なので指示に従うことにした。
それから月末までの10日間ほど、ずっと回収と配達を続けていたが、やはり前日の新聞は同じように切り刻まれている。
本当に大丈夫なのか?
もう配達しなくていいのでは?
そう専業へ言おうと思っていたところ、ついに事態が動いた。
いつものように出勤すると、区域担当の専業が挨拶をしながら俺のところへ来て、こう言った。
「あの新聞抜けてなかった○○さんいたでしょ?亡くなってたみたいだから即止めでよろしく」
聞けば、なんでも月の始めくらいにはおそらく亡くなっていたとのこと。
死因は分からないが、玄関のところで倒れていたそうで、心臓の発作か脳がやられたかということらしい。
俺は、「あぁ、それじゃ新聞抜けるわけないっすよね~」と言ったところで気が付いた。
いやいやいや、ちょっと待て!!
死んでいたから新聞を抜けなかったのはいいとして、新聞が切り刻まれていたのは?
というか、ドア一枚隔てたところに死体があったのか・・・、と。
多少なり嫌な気分にはなったが、俺に何か害があったわけでもない。
それから一週間が経った頃に新人の専業が入り、俺は帰ることになった。
夏ではなくて本当に助かった。
(終)