大蛇を撃ったら食わないと必ず祟られる
『栃木日光マタギ』と呼ばれる猟師は、仙北マタギなどの様な比較的大きな集団ではなく、猟師仲間と少数名で狩りをする。
※マタギ
東北地方・北海道から北関東、甲信越地方にかけての山岳地帯で、古い方法を用いて集団で狩猟を行う者を指す。(Wikipediaより引用)
毛皮の需要などもあり、銃による狩りの普及と共に、山で怪事に遭遇した時の話が様々ある。
その中で、鹿撃ちの際に鹿をおびき寄せる『鹿笛』というものを使うが、笛の弁に蟇蛙(ヒキガエル)の皮を使わないように、という禁忌がある。
鹿笛という物は、発情期の雌鹿の声を真似た音を出すものだが、笛の弁に蟇蛙の皮を使うとベストな音を出せる。
しかし、“なぜか蟇蛙を使った鹿笛の時に限って大蛇が現れる”という、恐ろしい事が度々起きたそうだ。
もし大蛇を撃つ場合、必ず背後から撃たねばならない。
大蛇は鱗が硬く、鋳掛けた鉛弾では通らぬ事があり、背後から鱗の間隙を狙って撃たねばならない。
※鋳掛け(いかけ)
融かした金属を欠陥の生じた個所に注入して凝固・
これを『こけら撃ち』と言い、こけら落としからの意味がある。
そして、大蛇を撃ったら必ずそれをブツ切りなどにして、肉の一部を少しでも食わなければならなかった。
老猟師たちは、「喰え、ちっとでも喰うもんだ」と言い、若い猟師たちに大蛇を鍋で煮させた。
こうしないと、“大蛇は必ず祟る”と言われた。
大蛇は鍋で煮ても悪臭のある虹色の脂がドロドロと浮いて、とても人が食えるような代物ではなかったという。
それでも、最終的には生姜をすって鍋に入れたりと、工夫して昔の若い猟師たちは口に入れたそうだ。
時は昭和初期の頃だという。
蛇は食われたら諦めがつくが、単に殺されただけだと祟るのだとか。
(終)