北向きの墓 1/3

私が中学一年生だった頃の話だ。

 

十月上旬。

その日は土曜日だった。

 

昼食を食べた後、

私は自転車の荷台に竹ボウキをくくり付け、

友人の家へと向かっていた。

 

自宅のある北地区から、

町を東西に流れる地蔵川を越えて南地区へ。

 

思わず、快晴!と叫びたくなるほど

真っ青な空の下、

 

ホウキをくくりつけた自転車は、

何だか空すら飛びそうな気がした。

 

もちろん、気がしただけだったが。

 

友人の家は、南側の住宅地を抜けた

先の山の中腹辺りに、

街を見下ろす形で建っている。

 

家の周りをぐるりと囲む塀の脇に自転車を停め、

ホウキを持って門の傍に行くと、

 

松葉杖をついた友人が、

門の外で待ってくれていた。

 

彼は、くらげ。

もちろん、あだ名だ。

 

彼の左足には、

白いギプスが巻かれていた。

 

確か、何本か肋骨にも

ヒビが入っていたはずだ。

 

先月九月後半、

 

台風がやって来た際の、

事故による怪我だった。

 

「別に家の中で待ってりゃいいのに」

 

私が言うと、くらげは自分で脇腹の折れた

肋骨の辺りを軽くさすった。

 

「・・・そういうわけにもいかないよ。

君は、お墓のある場所知らないでしょ」

 

今日、私がここに来た理由は、

彼の先祖の墓を掃除するためだ。

 

先月のちょうど秋、

彼岸の時期にやって来た台風により

墓の周辺が荒れてしまったのと、

 

いつも掃除をしているくらげの祖母の

体調が芳しくないため、

 

急遽ピンチヒッターとして、

私が自ら名乗り出たのだった。

 

「そういえば、おばあちゃん

まだ体調悪いのか?」

 

「そうだね・・・。自分では、

『大分良くなってきた』って言っているけど、

あまり良くないみたい」

 

くらげはそう言って、家の方を振り返った。

 

ちなみに、くらげは三人兄弟の末っ子で、

長男は県外の大学に行っており、

 

現在家には、くらげと祖母、

大学教授の父親、

高校生である次男の四人が住んでいる。

 

ただ、父親と次男には、

先祖の墓掃除をする気は無いようだ。

 

理由を聞いたが、

くらげは教えてくれなかった。

 

本来なら、家の者が

掃除するべきなのだろうが、

 

くらげと祖母は動けないし、

後の二人はそんな感じなので仕方がない。

 

他人の家の墓を掃除することが、

失礼に当たることは知っていたが、

 

家の者に許可を貰っているから

大丈夫だろう。

 

そもそも、

くらげが怪我をした事故には

私も少なからず関わっているので、

責任を感じている部分もあった。

 

「そっか・・・。じゃ後で、

『お大事に』って伝えといて」

 

「うん。分かった」

 

それから二人で墓のある家の

裏手へと向かった。

 

裏手には山の斜面に沿った細い道があり、

この道を上っていくと墓があるそうだ。

 

道も分かったので、

くらげはここで待ってた方が良い

と言ったのだが、

 

彼は自分も行くと譲らなかった。

 

「君は僕の家の人間じゃないんだから、

勘違いされたら、困るでしょ?」

 

『誰が何を勘違いするんだ』と言いかけて、

私はその言葉を飲み込んだ。

 

言い忘れていたが、

彼は『自称、見えるヒト』である。

 

ちなみに、くらげの祖母も見える人で、

その力は彼の比ではないとか。

 

他の兄弟と父親は見えないらしい。

 

くらげが転びやしないかと、

内心ひやひやしながら

緑に囲まれた細い道をしばらく登ると、

 

墓が三段に並んでいる、

開けた場所に出た。

 

墓は確かに酷い有様だった。

 

折れた木の枝や葉がそこら中に散乱し、

花入れは何本か地面から引っこ抜かれていて、

 

その内のいくつかが、

地面に無造作に転がっている。

 

その有様を眺めながら、私はふと、

違和感を覚えた。

 

何かがおかしいような気がしたのだ。

 

けれども、これ程荒れているのだから、

多少の違和感はあって当然なのかもしれない。

 

掃除して綺麗になれば、

違和感も消えてなくなるだろう。

 

と、その時は思った。

 

(続く)北向きの墓 2/3へ

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