北向きの墓 2/3
とりあえず、家から持って来たホウキで、
目に付くゴミを片っ端から片付ける。
くらげも近くの雑草などを抜いて、
出来る限り手伝おうとしてくれていた。
掃除をしている最中、ふと、
一番新しそうな墓が目に留まった。
よくよく見てみると、
側面に書かれている命日は、
私の生まれた年だ。
墓石に刻まれた名前は、
女性のものだった。
だとすれば、これは、
くらげの母親の墓なのだろう。
彼の母は、彼を生んですぐに
亡くなったと聞いたことがあった。
生まれてすぐに母親を亡くす。
それが一体どういうことなのか、
幸せな私には想像もつかない。
祖母が母親の代わりだったのだろうか。
余計な想像を、
私は頭を振って振り落とした。
一時間ほど駆けずり回っただろうか。
もし私の母親が見ていたら、
『自分の部屋の掃除も、これくらい
真剣にしてくれればねぇ・・・』
などと愚痴ってそうだ。
頑張った甲斐もあり、
墓の周辺は随分綺麗になっていた。
その間、くらげは一度家に戻っており、
ペットボトルのジュースやら水やら饅頭やらを、
家から持って来ていた。
く「おつかれ様」
私「おー、サンキュ」
一番上の段の草むらの上に腰を下ろし、
くらげからジュースを一本と饅頭をひとつ貰う。
周りの木々が微かな風になびいて、
さわさわと音を立てた。
私の周りを、濃い緑の匂いと共に、
何やらよく分からない小さな虫が
飛び回っている。
ジュースを飲み、栗饅頭をかじりながら、
私は今しがた自分が掃除した墓を見下ろした。
先程感じた違和感は消えてはいなかった。
どころかそれは、墓が綺麗になったことで
逆に強まっていた。
何とも言えない『何かが違う』、
という感覚。
いくら考えてもその正体は見えず、
私は隣に座るくらげに尋ねてみた。
私「なあ、くらげさ。
・・・気ぃ悪くしたらごめんだけど」
く「何?」
私「ここのお墓ってさ、
なんか変じゃないか。
上手くはいえないけど、
どこかおかしいっていうか・・・」
く「ああ、うん」
私は彼を見る。
その表情は何ら変わらず、
いつもの彼のものだった。
く「全部、おばあちゃんに
聞いた話だけど・・・」
と、くらげは言った。
く「この辺りにはね、昔から、人は死ぬと、
その魂は海に還るって言い伝えがあるんだ」
街から現在私たちがいる山を一つ越えれば、
その先には太平洋が広がっている。
街の人間にとって、
海は昔から身近な存在だった。
く「だから魂がちゃんと海に還れるように、
この辺りのお墓はみんな、南を向いてる」
そこで私はようやく、
違和感の正体にも気がついた。
確かにそうだった。
私が今まで見てきた墓は、
全部名が彫られた面を南向きにして
建てられていた。
しかし、ここの墓は、
名前のある面が北に向いている。
還るべき筈の海に、
背を向けているのだ。
おそらく無意識のうちに、
『墓は南を向いている』
という固定観念が、
私の中に出来ていたのだろう。
だから、初めて北を向いている墓を見て、
違和感を感じた。
く「・・・村八分って言葉があるでしょ?」
くらげは淡々と話を続ける。
く「あれって、死んだ後のことと、
火事とか水害とか災害の時は助け合う、
っていうのが二分で、
後の八分は一切のけ者にする。
それが、村八分の意味らしいんだけど。
・・・僕らの家は、八分じゃなくて、
村九分にされてたんだ。
・・・だから、
お墓も逆向きに建てさせられた。
死んだ後も、
同じ場所にはいけないように」
私は何も言えなかった。
彼はペットボトルのジュースを
ゆっくり口に含むと、ふう、と一息ついた。
彼の家が疎外されていた理由。
それは、彼や彼の祖母が『見えるヒト』
であることと、何か関係があるのだろうか。
く「・・・でも、そんなことがあったのは、
ずっと昔のことだから。
今は、ご先祖様が皆あっち向いてるから
合わせなきゃいけない、
っていう理由らしいけど」
そこまで言うと、
くらげは饅頭と一緒に持って来た、
袋と松葉杖を持って立ち上がった。
そして、一番端にある墓の前に
しゃがみこむ。
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