蛍 2/4

たき火の火に誘われてか、

 

小さな虫たちがテントの周りに

集まって来ていた。

 

蠅を一回りでかくしたような虫に、

腕や足などを何箇所か噛まれて痒い。

 

K「テジロちゃんだな」

 

とKが言った。

 

何でも、捕まえてよく見ると、

前足の先が白いんだそうだ。

 

だから手白。

 

K「よっしゃ、捕まえてみるか?」

 

「・・・蠅を見に来たわけじゃ

ないでしょうが」

 

K「そりゃそうか」

 

僕らは蛍を見に来たのだ。

 

「まだ出てこないね」

 

時刻は午後八時を回っていた。

辺りはもう十分暗い。

 

K「そろそろだろーな」

 

そう言うとKは立ち上がり、

 

空の鍋に川の水を汲んで来て、

たき火の上にそれをかけた。

 

火が消え、

辺りは目に見えて暗くなる。

 

雲が出ていて月明かりもない。

 

辛うじて、

 

テントの入口辺りに置いておいた

ガスランタンの小さな光だけが、

 

視界を奪わないでくれていた。

 

暗闇の中、

僕らはしばらく何も喋らず、

 

黙ってウィスキーを胃袋に

放り込んでいた。

 

K「・・・そう言えば、お前らには

話してなかったっけか」

 

沈黙を破ったのはKだった。

 

K「この辺りじゃあな、

数年に一度、

 

丁度これくらいの時期に、

蛍が大量発生するんだとよ」

 

興味を引かれた僕は、

「へえ」と相槌を打つ。

 

K「数年おきとかじゃなくて、

本当にランダムなんだそうだ。

 

研究者の間でも

確かな原因は分かってない。

 

・・・でもな、この辺りじゃ、

密かに噂されてる話があってな」

 

Kの表情は分からない。

 

輪郭は辛うじて分かるけれど、

 

この明かりでは互いの表情までは

見えなかった。

 

K「この川な。

下流はそうでもないが、

 

中流辺りだと突然深くなる場所とか、

渦を巻いてる箇所とかあってだ。

 

結構、溺れて死ぬ奴がいるんだわ。

近隣の小学生とか特にな。

 

もちろん、そういう場所は

遊泳禁止には指定はされてるんだが、

 

・・・ま、子供の好奇心にゃ

勝てんわな」

 

僕はふと、自分のコップが

空になっていることに気付いた。

 

ウィスキーのビンを探したけど、

見えない。

 

K「まあ、そうは言っても、

数年に一人か二人だけどよ。

 

でも、重なるらしいんだよな。

 

水死者が出た年、

蛍が大量発生する年。

 

・・・ああ、わりいわりい。

ウィスキー俺が持ってるわ」

 

Kが僕の方にビンを差し出し、

僕はKに紙コップを差し出す。

 

タタ、と音がして、

 

辛うじて白と分かるコップに、

何色か分からない液体が注がれた。

 

「・・・今年は、その、

溺れた子がいるん?」

 

一口飲んで、

 

焼けるような喉の刺激が去ってから、

僕は尋ねる。

 

Kは「うはは」と笑って、

 

K「そんなこたぁ、俺はシラネー。

ここには蛍を見に来ただけだからな」

 

と言った。

 

K「んでだ。その話には、

もう一つ不思議なことがあってな」

 

Kが続ける。

 

K「日本で見かける蛍ってのはさ、

ゲンジボタルかヘイケボタル、

 

大体この二種類でな。

 

ゲンジボタルの成虫が出るのは、

五月から六月、

 

遅くて七月上旬にかけてだから。

 

そうすると、

八月のこの時期に出るのは、

 

ほぼ年がら年中見られる

ヘイケボタルってことになる」

 

Kは本当に昆虫に詳しいらしい。

 

こういう風に、

 

なるほどと思える話を

Kから説明されることは珍しいので、

 

何だか違和感を覚える。

 

いつもならそういう解説は

Sの役目なのだけれど、

 

彼はさっきからつまみも挟まず

静かに飲んでいる。

 

K「でもヘイケボタルってのは、

集団発生はしねーんだよ。

 

年がら年中見れるってこたぁ、

 

成虫になる時期が

同時でないってことだ。

 

逆に、皆そろって成虫になるのは、

ゲンジボタルの方なんだけどよ。

 

でも、ゲンジはこの時期にゃあ

交尾終えて死んでるし」

 

酔った頭でも、

何となく理解出来た。

 

(続く)蛍 3/4へ

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