首あり地蔵 2/2

(前編)首あり地蔵 1/2

 

「三十年くらい前の話らしい。

六体全部の首だけが盗まれる

って事件があった。

綺麗に首だけ取られてたんだってよ。

犯人はわかってない。

ただの愉快犯か、それとも、

撫で地蔵のご利益を

独占したい輩でもいたんだろうな」

 

「・・・おいおいおい、ちょっと待てよ。

じゃあ、この首は何なんだ」

 

と、Kが言う。

 

それは僕も思った。

当然の疑問だ。

 

「職人に頼んで、地蔵の首だけ

すげ替えたんだとよ」

 

僕は改めて地蔵を見てみた。

 

言われてみれば、首の辺りに

多少のヒビがある様にも見える。

 

頭だけ小奇麗なのも、

人々に撫でられるだけが

理由じゃないということか。

 

「でも、修復したっていっても、

首の部分はやっぱり弱くなってたんだろうな。

それ以降も、皆に撫でられ続けた地蔵の首は、

一体ずつ取れていったんだ。

二度目は寺の方も直す気が起きなかった。

・・・それにしても、

まさに身を呈して民衆を救うか、

地蔵の本懐だな」

 

そこまで聞いて、僕は少し不思議に思った。

Sの、この地蔵に関する知識に対してだ。

 

予め予習してきたにしても、

知り過ぎてはいないだろうか。

 

隣の鈍いKだって、

そう思ってたに違いない。

 

そんな僕らの疑問を察したらしく、

Sは若干バツが悪そうに頭を掻いた。

 

「俺が小さい頃はな、

まだ二体は残ってたんだよ、首」

 

と、Sは言った。

 

「実はな、五体目の首もいだのって、

俺なんだ」

 

意外な展開と言えば、

そうだったかもしれない。

 

でもSの語り口からは、

そんなに罪の告白だとか、

そう言った重々しいものは感じられず、

ただ単に昔の失敗談を語っている様な、

そんな口調だった。

 

「昔、家族とこの寺に来た時にな、

地蔵の頭撫でたんだよ。

願いながら撫でると、

その願いが叶うっていう地蔵だろ?

俺はひねくれたガキだったから、

撫でながら言ったんだ」

 

「何て言ったんだ?」 

Kが訊くと、

 

Sは肩を竦めて、

「もげろ」。

 

「・・・は?」

 

「『もげろ!』って叫んだんだ。

撫でながら。そしたら、もげた。本当に」

 

Sの話によると、

『ごり』と音がして、

手前のSの方に地蔵の首が

落ちてきたのだそうだ。

 

その時は、

まるで地蔵が頷いた様に見えたと、

Sは言った。

 

「まあ、たまたま俺が撫でた時と、

限界が重なっただけだろうけど。

それでもあの時は本気で驚いた。

これがご利益か、とか思ったよ。

そのあと上の寺から坊さんが来てさ。

すげえ怒られたな」

 

と、言いながらSは

地蔵の前にしゃがみこみ、

その頭に手を置いた。

 

そうしてゆっくりと地蔵の頭を撫でながら、

叫ぶでもなく、呟くでもなく、

全く自然にその言葉を口にした。

 

「こう・・・、『もげろ』ってな」

 

ぼり。

鈍い音がした。

 

次の瞬間には、地蔵の頭は、

あるべき場所に収まっていなかった。

 

どさり、と地面に、

重量のある物体が落ちる音。

 

「うわ」とは僕の声。

 

Sは、手を前に差し出したままの状態で、

地蔵を見つめていた。

 

「おおう!マジで、もげやがった」

Kが感嘆の声を上げる。

 

「とまあ・・・、こんなこともある」

Sは、あくまで冷静を保っていた。

 

Kが落ちた首に近寄って、

「どーなってんだ?」

と、つついている。

 

僕は、この目の前で起きた現象を

どうとらえればいいのか、

イマイチ判断がつかずにいた。

 

今日という日の夜、Sに撫でられ

限界を突破してしまったのか。

 

それとも、地蔵が

Sの願いを聞き入れたのか。

 

「・・・帰るか」

 

ゆっくりとその場に立ち上がりながら、

Sが唐突に呟いた。

 

「え、地蔵は、どうすんのさ?」

 

「どうにもならん」

 

「え、ええー・・・?」

 

Sは本当にこのまま帰るつもりだった。

かといって僕にも、どうすることも出来ない。

 

弁償の件が頭をよぎるが、

「触れただけでああだ。

風が吹いただけで、もげてたよ」と、

Sがこちらの心理を見透かしたような

発言をする。

 

しかし、となれば、

このまますごすごと帰る以外の

選択肢が僕にはない。

 

帰るか。

 

こうして首あり地蔵は、

首なし地蔵になったのだった。

 

めでたし、めでたし。 

・・・とは、いかなかった。

 

僕とSが戻ろうとしたとき、

Kだけはまだ、

地蔵の首のところに居た。

 

僕らはそれに気付かず、

先に帰ろうとしていたのだが。

 

「・・・要らん首、無いか?」

 

声が聞こえた。

 

振り向くと、Kが先ほど落ちた

地蔵の首を両手に抱えて、

無表情で立っていた。

 

「え、何?」

 

僕が聞き返すと、

Kはまた言った。

 

「要らん首、無いかえ?」

 

その時のKの様子を、

どう表現すればいいのか。

 

そんなハイレベルな冗談を

言えるKではないし、それに、

いつものKで無いことだけはわかった。

 

「あったら、もらうぞ?」

 

「え、いや、ってか・・・」

 

「おんしの首でも、ええぞ?」

 

「無い」

 

答えたのはSだった。

 

「少なくとも、俺らは

要らん首は持ってない」

 

「・・・ほうか」

 

Kが地蔵の首を地面に落した。

どずん、と音がした。

 

その瞬間、Kの体が

電気が走ったかのように、

びくん、と震えた。

 

「・・・あれ・・・、何?

んっ?え?俺、寝てた!?」

 

Kは、先ほどの自分の言動を

覚えてないのか。

 

「知るか。帰るぞ」

 

Sはそう言ってさっさと広場を抜け、

階段を降りようとする。

 

「え、ちょっ、待てって!

何?説明しろよ!」

 

Sの後を、慌ててKが付いていく。

 

僕はしばらくその場にとどまって、

ぼんやりと地面に落ちた

地蔵の首を見つめていた。

 

不思議と怖いという感情は、

これっぽっちも沸いてはこなかった。

 

地蔵はまだ働くつもりだったのだろうか。

人々の願いを叶えるために。

 

そう言えば、さっき地蔵を撫でた時に、

僕は何も願いを思い描いてなかった。

 

僕はふと思いたって、

地蔵の首を持ち上げた。

 

重い。

すげー重い。

 

切断面を確認し、僕は地蔵の首を

元通りの位置に置いた。

 

そして撫でた。

 

「く、くっつけよ~、くっつけよ~」

 

そっと手を離す。

首はまた落ちたりはしなかった。

 

そろそろと後ずさり、

僕は二人を追いかけて、

その場を後にした。

 

その後しばらく経って、

「○○寺の地蔵が、首のない地蔵が

取り壊されたらしいぞ」と、

Kから聞かされた。

 

それって何体?

とは聞かないことにしておいた。

 

(終)

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