リゾートバイト(本編)13/14

すると、ほんの僅かだが、

視界に光が見えるようになった。

 

不思議に思っていると、

部屋にある隙間から、

少しだけ月の明かりが

入ってきているのが目に入った。

 

Aは、そこへ俺達を連れて行こうと

しているのだと思った。

 

なぜ気づかなかったのか、

今思っても不思議なんだ。

 

暗闇に目が慣れるというのを

聞いたことがあったけど、

恐怖に呑まれてそれどころじゃなかった。

 

ほんとに真っ暗だったんだ。

 

とにかくその時俺は、その光を見て

心の底から救われた気持ちになった。

 

そしてAに感謝した。

後から聞いたんだが、

 

A「俺は見えもしなかったし、

聞こえもしなかった。なんか引きずってる

音は聞こえたんだけどな。

でもそのおかげで、

お前達よりは余裕があったのかも」

 

と言っていた。

大した奴だって思った。

 

光の下に来ると、Aの反対側の手に

Bの腕が握られているのが見えた。

 

月明かりで見えたBの顔は、

汗と涙でぐっしょり濡れていた。

 

何があったのか、何を見たのか、

聞くまでもなかった。

 

夜は昼と違ってすごく静かで、

遠くで鈴虫が鳴いていた。

 

俺達は、しばらくそこでじっとしていた。

 

恥ずかしながら、3人で互いに

手を取り合う格好で座った。

 

ちょうど円陣を組む感じで。

 

あの状態が、一番安心できる

形だったんだと思う。

 

そして何より、例え僅かな光でも、

相手の姿がそこに確認出来るだけで、

別次元のように感じられたんだ。

 

しばらくそうしていると、

とうとう予想していたことが起きた。

 

Aが、もよおしたのだ。

 

生理現象だから、

絶対に避けられないと思っていた。

 

Aは、自分のズボンのポケットから

坊さんに貰った布の袋を

ゴソゴソと取り出すと、

立ち上がって俺達から少し離れた。

 

静寂の中、Aの出す音が響き渡る。

 

なんか、まぬけな音に若干気が抜けて、

俺もBも顔を見合わせてニヤっとした。

その時だった。

 

「Bくん」

 

AB俺『・・・』

 

一瞬にして、体に緊張が走る。

するとまた聞こえた。

 

俺達がおんどうに入った扉の

すぐ外側からだった。

 

「Bくん」

 

俺達は声の主が誰か、一瞬でわかった。

今朝も聞いた、美咲ちゃんの声だった。

 

「Bくん、おにぎり作ってきたよ」

 

こちらの様子を伺うように、

少し間をあけながら喋りかけてくる。

 

抑揚が全くなく、

機械のようなトーンだった。

 

Bの手に、ぐっと力が入るのがわかった。

 

「Bくん」

 

「・・・」

 

しばらくの沈黙の後、

突然、関を切ったように、

 

「Bくん、おにぎり作ってきたよ」

「いらっしゃいませ~」

「おにぎり作ってきたよ」

「Bくん」

「いらっしゃいませ~」

「おにぎり作ってきたよ」

 

と、同じ言葉を何度も何度も

繰り返すようになった。

 

尋常じゃないと思った。

恐かった。

 

美咲ちゃんの声なのに、

すげー恐かった。

 

坊さんは、おんどうには誰も来ない

と俺達に言っていた。

 

そして、この無機質な喋り方だ。

 

扉の外にいるのは、絶対に

美咲ちゃんじゃないと思った。

 

気づくとAが俺達の側に戻り、

俺とBの腕を掴んだ。

 

力が入ってたから、

こいつにも聞こえてるんだと思った。

 

俺達は3人で、おんどうの扉の方を

見つめたまま動けなかった。

 

その間も、その声は繰り返し続く。

 

「いらっしゃいませ~」

「Bくん」

「おにぎり作ってきたよ」

 

そしてとうとう、扉がガタガタと

音を出して揺れ始めた。

 

おい、ちょ、待て。

 

扉の向こうのヤツは、扉をこじ開けて

入ってくるつもりなんだと思った。

 

俺は、扉が開いたらどうするかを

とっさに考えた。

 

全速力で逃げる。

 

坊さんたちは本堂にいるって言ってたから

そこまで逃げて・・・

おい、本堂ってどこだ、とか。

 

もう、ここからどうやって逃げるかしか

考えてなかった。

 

やがてそいつは、ガンガンと

扉に体当たりするような音を立てだした。

無機質な声で喋りながら。

 

そしてそのまま少しずつ、おんどうの

壁に沿って左に移動し始めたんだ。

 

一定時間そうした後に、また左に移動する。

その繰り返しだった。

 

何してるんだ・・・?

 

不思議に思っていると、

俺はあることに気づいた。

 

俺達のいる壁際には、

隙間が開いている。

 

そしてそいつは、今そこに

ゆっくりと向かっている。

 

もし、隙間から中が見えたら?

もし、中からそいつの姿が見えたら?

 

そう考えると、

居ても立ってもいられなくなり、

俺は2人を連れて

急いで部屋の中央に移動した。

 

移動している。

ゆっくりと、でも確実に。

 

心臓の音さえ止まれと思った。

ヤツに気づかれたくない。

 

いや、ここにいることは、もう

気づかれているのかもしれないけど。

 

恐怖で歯がガチガチといい始めた俺は、

自分の指を思いっきり噛んだ。

 

そして俺は、隙間のある場所に

差し掛かったそいつを見た。

 

見えたんだ。

 

月の光に照らされたそいつの顔を、

今まで音でしか感じられなかった

そいつの姿を。

 

真っ黒い顔に、細長い白目だけが

妙に浮き上がっていた。

 

そして体当たりだと思っていたあの音は、

そいつが頭を壁に打ち付けている、

音だと知った。

 

そいつの顔が一瞬、壁の隙間から消える。

外で仰け反っているんだろう。

 

そしてその後すぐ、ものすごい勢いで

壁にぶち当たるんだ。

 

壁にぶち当たる瞬間も、

白目をむき出しにしてるそいつから、

俺は目が離せなくなった。

 

金縛りとは違うんだ。

体ブルブル動いてたし。

 

ただ見たことのない光景に、

目を奪われていた

だけなのかも知れないな。

 

あの勢いで頭を壁にぶつけながら、

それでも淡々と喋り続けるそいつは、

完全に生きた人間とはかけ離れていた。

 

結局、そいつは俺達が見えていなかったのか、

隙間の場所でしばらく頭を打ち付けた後、

さらにまた左へ左へと移動していった。

 

俺の頭の中で残像が音とシンクロし、

そいつが外で頭を打ち付けている姿が

鮮明に想像できた。

 

正直なところ、そいつがどれくらい

そこに居たのかを俺は全く覚えていない。

 

残像と現実の区別が

つけられない状態だったんだ。

 

(続く)リゾートバイト(本編)14/14へ

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