リゾートバイト(本編)7/14

広間に戻ると、美咲ちゃんが

朝飯の片付けをしていた。

 

女将さんは、いなかった。

 

俺は、ふと思った。

あそこに行ってるんじゃないか?って。

 

盆に飯乗っけて、

2階への階段に消えていった、

あの女将さんの後姿が

フラッシュバックした。

 

きっと、あのとき持って行った飯は、

あの残飯の上に積み重ねてあったんだろう。

 

そうして何日も何日も繰り返して、

あの山が出来たんだろうな。

 

一体、あれは何のためなんだ?

俺の頭に疑問がよぎった。

 

けど、そんなこと考えるまでもないと

すぐに思い直した。

 

俺は今日で辞めるんだ。

こことも、おさらばするんだ。

 

すぐに忘れられる。

忘れなきゃいけない。

 

心の中で自分に言い聞かせた。

 

Aが女将さんの居場所を

美咲ちゃんに尋ねた。

 

「女将さんならきっと、お花に水やりですね。

すぐ戻ってきますよ」

 

そう言って、

美咲ちゃんはBの方を見て、

「Bくん、すぐおにぎり作るから

待っててね」

と笑顔で台所に引っ込んだ。

 

ああ、美咲ちゃん・・・

何もなければきっと俺は、

美咲ちゃんとひと夏のあばん・・・(笑)

 

俺達は、女将さんが

戻ってくるのを待った。

 

しばらくすると、

女将さんは戻ってきて、

仕事もせずに広間に座り込む

俺達を見て、

 

「どうしたのあんたたち?」

とキョトンとした顔をしながら言った。

 

俺は、覚悟を決めて切り出した。

 

「女将さん、お話があるんですけど、

ちょっといいですか?」

 

女将さんは「なんだい?深刻な顔して」

と俺達の前に座った。

 

俺「勝手を承知で言います。俺達、

今日でここを辞めさせてもらいたいんです」

 

AとBも、すぐ後に「お願いします」

と言って頭を下げた。

 

女将さんは表情ひとつ変えずに、

しばらく黙っていた。

 

俺は、それがすごく不気味だった。

 

眉ひとつ動かさないんだ。

まるで予想していたかのような表情で。

 

そして沈黙の後、

「そうかい。わかった。

ほんとにもうしょうがない子たちだよ~」

と言って笑った。

 

そして、給料の話、

引き上げる際の部屋の掃除などの話を

一方的に喋り、

 

用意が出来たら声をかけるようにと、

俺達に言ったんだ。

 

拍子抜けするくらいに、

すんなり話が通ったことに、

三人とも安堵していた。

 

だけど、心のどこかでなんかおかしい

と思う気持ちもあったはずだ。

 

話が決まったからには、

俺達は即行動した。

 

荷物は前の晩のうちにまとめてある。

あとは部屋の掃除をするだけで良かった。

 

バイトを始めてから、

仕事が終われば近くの海で遊んだり、

疲れてる日には

戻ってすぐに爆睡だったんで、

部屋にいる時間は

あまりなかったように思う。

 

だから男3人の部屋といえど、元から

そんなに汚れているわけでもなかった。

 

そんなこんなで、一時間ほどの掃除

をすれば、部屋も大分綺麗になった。

 

準備が出来たということで、

俺達は広間に戻り、

女将さんたちに挨拶をすることにした。

 

広間に着くと女将さんと旦那さん、

そして悲しそうな顔をした美咲ちゃんが

座っていた。

 

俺達は3人並んで正座し、

「短い間ですが、

お世話になりました。

勝手言ってすみません」

 

俺AB「ありがとうございました」

と言って頭を下げた。

 

すると女将さんが腰を上げて、

俺達に近寄りこう言った。

 

「こっちこそ、短い間だったけど

ありがとうね。これ、少ないけど・・・」

 

そう言って茶封筒を3つ、そして

小さな巾着袋を3つ手渡してきた。

 

茶封筒は思ったよりズッシリしてて、

巾着袋はすごく軽かった。

 

そして、後ろから美咲ちゃんが「元気でね」と、

ちょっと泣きそうな顔しながら言うんだ。

 

そして、「みんなの分も作ったから」って、

3人分のおにぎりを渡してくれた。

 

おいおい止めてくれ。

泣いちゃうよ俺!

 

そう思って、あんまり美咲ちゃんの顔を

見れなかった。

 

前日で死にそうな思いしたのに、

まさかのセンチって思うだろ?

 

だけど、実際すげー世話になった

人との別れって、その時は、

そういうの無しになるものなんだわ。

 

挨拶も済んで、

俺達は帰ることになった。

行きは、近くのバス停までバスを使って

来たんだが、帰りはタクシーにした。

 

旦那さんが、車で駅まで送ってくれる

って話も出たんだが、Bが断った。

 

そして、美咲ちゃんに頼んで

タクシーを呼んでもらった。

 

タクシーが到着すると、女将さんたちは

車まで見送りに来てくれた。

 

周りから見れば、なんとなく感動的な

別れに見えただろうが、実際俺達は、

逃げ出す真っ最中だったんだよな。

 

タクシーに乗り込む前に、

俺は振り返った。

 

かろうじて見えた2階への階段のドア。

 

目を凝らすと、ほんの少し開いてる

ような気がして、思わず顔を背けた。

 

そして3人とも乗り込み、行き先を告げた後、

すぐ車が動き出した。

 

(続く)リゾートバイト(本編)8/14へ

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