鏡 2/3

鏡

 

俺はColoさんに押し込まれるように、

ドアの中へ入った。

 

中はさっきまでよりも暗い。

 

背後では切れ目の入った布が、

 

入り口を塞ぐようにバサバサと

元に戻る音がした。

 

暗くても、

部屋が狭いことは直感でわかる。

 

その一番奥に人影が見えた。

 

ビクビクしながら近づくと、

やはりそれは俺だった。

 

鏡面であることを確認しようとして

手を伸ばそうとするが、

 

一瞬頭がくらくらするような感覚がして、

それをすることは躊躇われた。

 

なにか説明し難い違和感、

のようなものがあった。

 

『困難の正体』

 

それは自分自身だ。

 

そんなことを悟らせるための

店なのだろうかと、

 

ふと思った。

 

全身が映っている大きな鏡の中の

腕時計に目を落とすと、

 

短針は1時のあたりを指していた。

 

その時である。

 

頭の中にくぐもったような耳鳴りが、

微かに響き始めた。

 

まずい。

 

その音が心臓を早鐘のように乱れさせる。

 

※早鐘(はやがね)

激しく続けて打ち鳴らす鐘。

 

なにかが起こる。

 

そう思った俺は、

ここから出ようとした。

 

そして、

そのために振り向こうとした時、

 

鏡の中の青ざめた自分の顔の端に、

なにか黒いものが見えた気がした。

 

ドキドキしながら振り返るが、

なにもなかった。

 

暗い部屋が広がっているだけだ。

 

また鏡に向き直る。

 

今度は顔の位置がずれて、

 

顔の後ろに隠れていた黒いものが、

大きくなっていた。

 

それが動いた瞬間、

叫び声をあげそうになった。

 

はっきりとわかる。

 

それは人影だった。

 

鏡の中の二つの人影。

 

一つは鏡の前に立つ俺。

 

もう一つはその俺の後ろに立つ、

長い髪の人物。

 

さっき振り向いた時はいなかった。

 

そして予感がする。

 

もう一度振り向いても、

誰もいないのではないだろうか。

 

困難の正体なんか、

見ていいはずがなかった。

 

後悔がよぎる。

 

鏡の中で部屋の入り口付近から、

 

長い髪の人影がこちらの方へ

ジリジリと近づいて来る。

 

暗すぎて顔まではわからない。

 

俺は震えながら、

掛けていた眼鏡をずらす。

 

鏡の向こう、

 

自分の姿や背後の壁などとともに、

その人影も輪郭からぼやけてしまった。

 

幻覚ではない。

 

脳が見せる幻なら、

眼鏡をずらしてもぼやけない。

 

硬直する俺の背後へ、

 

ぼやけたままの人影が、

揺れながら近づいて来る。

 

耳鳴りが強くなる。

 

そして、

 

この部屋に入り、

鏡を見た瞬間に感じた違和感が、

 

もう一度強く迫ってくるような気がした。

 

振り向こうか。

 

振り向いたら、

たぶんなにもいない。

 

そして、

部屋の入り口へ走って外へ出る。

 

そうしようか。

 

心臓をバクバク言わせながら

そんなこと思っていたが、

 

決して目は鏡の中から

逸らせないのだった。

 

その時、

 

鏡の中の腕時計が、

また目に入った。

 

短針は依然1時のあたりを指していた。

 

その瞬間、

違和感の正体に気がついた。

 

鏡の中で腕時計をしている手を

じっと見つめる。

 

右側の手に腕時計をしていた。

 

鏡の中の俺が、

右側の手に腕時計をしているのだった。

 

俺は固まったまま動けなくなる。

 

俺は普段、

 

当然のことながら左手に

腕時計をはめている。

 

鏡に映る時は、

 

向かって左側の手にはめていないと

おかしいではないか。

 

そしてその鏡の中の短針は、

 

11時のあたりを指していないと

おかしいはずだった。

 

なんだこれは。

 

なんだこれは。

 

という言葉が、

頭の中をぐるぐると回る。

 

鏡に映る俺の体で、

数少ない左右対称ではないものが、

 

すべてある結論を指し示していた。

 

心臓が、

 

胸の右寄りの位置でドクドクと

脈打っている気がした。

 

こっちが鏡の中だ。

 

そんなことはあるはずがなかった。

 

しかし、

 

鏡の向こうの俺こそが、

確かに正しい方の手に、

 

正しい時間を指す腕時計を

はめているのだった。

 

そして鏡の向こうの俺の背後に、

髪の長い長身の人影が迫って来ていた。

 

こっちが鏡の中であるという

ありえない事態に、

 

俺はうろたえる余裕もなく、

 

こっちが鏡の中であるという前提のもとに、

今なにをすべきかを考えた。

 

混乱する頭を蝿の飛び回るような

耳鳴りが掻き乱し、

 

なにをしていいのかわからない。

 

動けない。

 

振り向けない。

 

鏡の向こうの俺の背後に

切れ長の瞳が見えた瞬間、

 

思わず叫んでいた。

 

「どうしたらいいですか」

 

なぜそんなことを言ったのかわからない。

 

外にいるだろうColoさんに、

助けを求める叫び声としては奇妙だ。

 

まるで、

 

すべてを知ってる人に

問いかけるような・・・

 

すると、

間髪入れずに答えが返ってきた。

 

「来て良かったでしょう」

 

鏡の向こうで部屋の入り口の

黒い布がガサガサと揺れ、

 

妙に現実感のない

Coloさんの声が聞こえてきた。

 

「どうしたらいいですか」

 

もう一度叫んだ。

 

すぐ背後まで来ている

切れ長の瞳の黒目が、

 

一瞬膨張した。

 

「簡単。

 

今すぐこの予知夢から覚めて、

鏡占いに行こうという誘いを断る。

 

それだけ」

 

そんな言葉が直接頭の中に響いた。

 

揺さぶられて目が覚める。

 

Coloさんのマンションの一室だった。

 

みかっちさんが目の前で、

 

机に突っ伏しているColoさんを

続けて起こそうとしている。

 

(続く)鏡 3/3

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