仏像

 

大学1回生の冬。

 

大学生になってからの1年弱、

 

大学の先輩であり、

オカルト道の師匠でもある人と、

 

様々な心霊スポットへ

足を踏み入れた俺だったが、

 

さすがに寒くなってくると

出不精になってくる。

 

正月休みに珍しく、

師匠が俺の下宿へ遊びに来た。

 

特にすることもないので、

 

コタツに潜り込んで俺はゲームボーイを、

師匠はテレビをぼーっと見ていた。

 

ふと、

 

師匠が「あれ?」と言うので

顔を向けると、

 

テレビにはダイバーによる、

どこかの海の海底探査の様子が映っていた。

 

「この石像って、あ、消えた」

 

すぐに画面が切り替わったが、

一瞬だけ見えた。

 

地中海のエジプト沖で、

 

海底にヘレニズム期の遺跡が発見されたと、

アナウンサーが報じていた。

 

海底に沈んだ石造りの古代の建造物が、

ダイバーの水中カメラに映し出されている。

 

その映像の中に、

 

崩れた石柱の下敷きになっている

石像の姿があったのだ。

 

なにかの神様だろうそれは、

泥の舞う海の底で、

 

苦悶の表情としか思えない

顔をしていた。

 

最初からそんな表情の

石像だったとは思えない、

 

不気味な迫力があった。

 

何事もなく、

番組は次のニュースへ移る。

 

「こんなことって、

あるんですかね」

 

と言う俺に、

 

師匠は難しい顔をして

話し始めた。

 

「廃仏毀釈って知ってる?」

 

※廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)

仏教寺院・仏像・経巻を破毀し、僧尼など出家者や寺院が受けていた特権を廃することを指す。wikipedia詳細

 

師匠の専攻は仏教美術だ。

 

日本で似たような例を知っているという。

 

江戸から明治に入り、

 

神仏習合の時代から、

仏教にとっては受難といえる、

 

神道一党の時代へ変化した時があった。

 

多くの寺院が打ち壊され、

仏具や仏像が焼かれ、

 

また、

 

神社でも仏教色の強かったところでは

多くの仏像が収められていたが、

 

それらもほとんどが処分された。

 

「中でも、密教に対する弾圧は

凄まじかった」

 

吉野の金峰山寺は破壊され、

周辺の寺院も次々と襲われたが、

 

その寺の一つで不思議なことが

あったという。

 

僧侶が神官の一党に襲われ、

 

不動明王など密教系の仏像は

すべて寺の庭に埋められて、

 

のちに廃寺とされた。

 

弾圧の熱が収まり始めた頃、

 

貴重な仏像が坑されたという

話を聞きつけて、

 

近隣の山師的な男が

それを掘り起こそうとした。

 

※山師(やまし)

職業としての山師は鉱山技師や伐採を請け負う人。投機的な事業で金儲けを企てる者。転じて、詐欺を行なう者。詐欺師。(wikipedia詳細

 

ところが、

 

土の中から出てきた仏像は、

すべて憤怒の顔をしていたという。

 

元から憤怒の表情の不動明王はともかく、

柔和なはずの他の仏像までもことごとく、

 

地獄の鬼もかほどではないという

凄まじい顔になっていたそうだ。

 

その怒りに畏(おそ)れた男は、

掘り出した仏像に火をかけた。

 

木製の仏像は、

6日間ものあいだ燃え続け、

 

その間、「おーんおーん」という、

唸り声のような音を放ち続けたという。

 

あまりに凄い話に、

俺は気がつくと正座していた。

 

「何年か前、

人間国宝にもなっている仏師が、

 

外国メディアのインタビューを

受けた記事を読んだことがある。

 

記者が、

 

『どうしてこんなに深みのある、

 

アルカイックスマイルを

表現できるのでしょうか』

 

※アルカイックスマイル

古代ギリシアのアルカイク美術の彫像に見られる表情。(wikipedia詳細

 

と聞くと、

仏師はこう答えた。

 

『彫るのではない。

笑うんだ』

 

これを聞いた時は痺れたねぇ・・・」

 

珍しく師匠が他人を褒めている。

 

俺は、

 

命を持たない像が感情を表す

ということもあるかも知れない、

 

と思い始めた。

 

「そうそう、

 

僕が以前、多少心得のある

催眠術の技術を使って、

 

面白いことをしたことがある」

 

なにを言い出したのか、

ちょっと不安になった。

 

「普通の胸像にね、囁いたんだ。

『お前は石にされた人間だよ』」

 

※胸像(きょうぞう)

人間の胸より上の部分をかたどった像のこと。

 

怖っ。

 

なんてことを考えるんだこの人は。

 

そしてどうなったのか、

あえて聞かなかった。

 

(終)

次の話・・・「血(前編) 1/2

原作者ウニさんのページ(pixiv)

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