絶望の瞬間に見えた彼の優しい笑顔
まだ高校生の頃の話から始まります。
当時、私には彼氏がいました。
クールで口数が少ないけれど、かっこいい同級生の彼のことが好きになり、私から熱烈にアタックして付き合うことになりました。
付き合うことになったのはいいけれど、彼は私が憧れていたような愛情表現がなかったのです。
ぶっきらぼうだし、いつまで経っても名字で呼び捨てだし…。
ただ私と2人で喋っている時は、他の人には見せないような、とても優しい目で真っ直ぐ私を見てくれていました。
それでも、私は不安になっていました。
もしかしたら女としてではなく、自分の姉妹を見るような感覚なのかな?って…。
思い切って彼に気持ちを確かめようと思っていた矢先、彼は車に轢かれて突然亡くなってしまいました。
手を繋いだこともなく、彼の温もりを知らないまま、私の目の前から突然去っていきました。
押しつぶされそうな悲しさを堪えながら、彼のお葬式に出席しました。
お葬式が終わり、泣きはらした目で会場に背を向けた時に、彼のお母さんに呼び止められました。
お母さんも泣きはらした目をしていました。
「これ…中身読んじゃったの…。ごめんね…。あなた宛の手紙だったの…」
そう言って、封の開いた封筒を渡されました。
ふらふらと家に帰り、もらった封筒の中から紙を取り出しました。
彼の字を見た途端、その場にへたり込んで大声で泣いてしまいました。
その手紙には、こう書いてありました。
〇〇へ
面と向かってではどうしても照れくさくて言えないから手紙で勘弁して欲しい。
〇〇のこと一番大切に思ってる。
誰よりも幸せでいてほしい人だと思ってる。
□□より
彼は私の不安な気持ちを、ちゃんと察してくれていたのです。
しばらくは小さい子供の頃に戻ったように泣き狂いました。
それから5年後。
私は小さな会社で事務の仕事をしていました。
5年の月日が流れてやっと、好きな人ができました。
婚約もしました。
幸せでした。
でも、その幸せは長く続きませんでした。
この人となら、とまで思っていた人が二股をかけていて、婚約を一方的に破棄されてしまったのです。
不幸なことは続くもので、婚約が白紙になったと同時期に両親を失いました。
バブルの崩壊で多額の借金があり、それを私に隠したまま自殺してしまいました。
私だけを残して。
借金は祖父が全額払ってくれました。
「なんでこうなる前に親に一言でも相談してくれなかったんだ」
祖父は頭を抱えていました。
私は重なる不幸に押しつぶされそうになっていました。
外をふらふら彷徨い、彼と両親のところへ行こうと死に場所を探しました。
完全に自分を失っていて、心のコントロールが効かなくなっていました。
冷静に考えれば後追い自殺なんていけないことだとわかるのに、それも失っていました。
夜、生きる気力を失った私は操られるように人気のない通りの雑居ビルを見つけ、誰にも見つからないように無断で屋上に侵入しました。
ビル内にまだ仕事をしている人がいたからなのか、鍵はかかっていませんでした。
屋上に着くと、手すりを乗り越えて靴を脱ぎました。
目を瞑り、体の力を抜きました。
その時、誰かが凄い力で私の腕を引っ張ったのです。
腕が折れそうなぐらいに。
見つかってしまった!?と思い、小声で「離して!」と引っ張られた方を向くと、そこにいたのは“あの彼”でした。
ぶっきらぼうだったあの彼が、あの優しい目で真っ直ぐ私を見ていました。
とても温かい、安心感のある目。
あの時のままの姿、年齢。
彼は口元に微かな笑みを浮かべて首を横に振りました。
そして、スッと消えました。
ほんの1秒にも満たない出来事だったと思います。
でも私にはスローモーションみたいに、ゆっくりに感じました。
暗がりが見せた見間違いだったのかもしれません。
錯乱した精神が私に幻を見せたのかもしれません。
けれど、私は我に返り、バカなことをせずに済みました。
それから7年経った今、私は結婚して、小さい子供もいます。
旦那はあの彼のことも知った上で、私を受け入れてくれました。
私は幸せです。
(終)