大雪の中で血を流している女 1/2

雪

 

雪がひどく降った時の話だ。

 

その日、

俺は2階の部屋で一人寝ていた。

 

俺の家はショボい専業農家で、

 

50代の親父と母ちゃんと、

俺の3人暮らしだ。

 

まだ明け方前だけど

下の階で親父がガダガタと、

 

何か音を立てて

玄関から出ていくのを、

 

俺は布団の中でうつらうつら

しながら聞いていた。

 

天気予報じゃ

大雪になるって言ってたので、

 

親父はビニールハウスが

雪に潰されていないか心配で、

 

まだ真っ暗な中を見に出掛けたんだ。

 

都会のサラリーマンも大変なんだろうけど、

こういう時は農家も結構大変なんだ。

 

もっとも、

 

俺の方はこのクソ寒い中を

付き合う気にはなれず、

 

親父には悪いけどそのままぬくぬくと、

布団の中で寝続けていた。

 

ところが、

 

暫くすると家の前へギシギシと、

早足で雪を踏む音が近づいてきて、

 

玄関がガラっと開いたかと思うと、

ドタバタと家に駆け上がる足音が続き、

 

親父が電話で、

 

「・・・そう、

●●橋の上、救急車!

 

若い女が首やら手首やら切って

血まみれで・・・

 

と叫んでいる。

 

ただ事じゃないと思って、

俺は下に降りていくと、

 

親父が血相を変えて、

 

「橋の上で女が首切って

自殺しかけているから、

 

すぐに戻るぞ!」

 

と言う。

 

俺は慌ててスウェットの上から

ジャンパーを引っかぶり、

 

長靴に足を突っ込むと、

 

親父と一緒にまだ真っ暗で

雪の降りしきる表に出た。

 

親父に、

 

要領を得ないので説明してくれ、

と言うと、

 

親父は歩きながら

次のようなことを話してくれた。

 

俺が思った通り、

 

親父はビニールハウスを見に行くために

家を出たそうだ。

 

ビニールハウスは、

家の近所の小川に架かった、

 

古いコンクリートの橋を

渡った先にあるんだけど、

 

この辺はド田舎なもんで、

街灯は1キロに一本くらいしかなくて、

 

夜は真っ暗闇に近いんだ。

 

都会の人にはわからないかも

知れないけれど、

 

ド田舎の夜の暗闇ってのは、

ホントに凄いものなんだ。

 

親父が橋の近くまで来た時、

 

その辺に一本だけある街灯の

薄暗い光の中に、

 

橋の上の欄干の脇で、

誰かがうずくまっているのが見えたそうだ。

 

近づくとそれは、

コートを着た長い髪の女だった。

 

親父は、

 

こんな時間にこんな所で

何をしているのかと訝しんだが、

 

女が苦しんでいるようなので心配して、

 

どうしたんですか?と、

声をかけたそうだ。

 

その時、

親父が女の足元を見ると、

 

雪の上にヌラヌラしたどす黒い液体が

広がっているのが見えた。

 

驚いた親父が女の前に屈み込むと、

 

突然、女は苦しそうな呻き声とともに、

顔を上げた。

 

目をカッと見開いた女の顔は、

口のまわりや首のまわりが血まみれで、

 

右手に女物の剃刀が握られていたそうだ。

 

女は苦しそうな呻き声を上げながら、

その剃刀を血まみれの首に当てて、

 

そしてそれを一気にグイッと引いた。

 

湯気を立ててどす黒い液体が噴き出し、

女の胸元や足元の雪を染めていく。

 

親父は息が止まりそうになりながらも、

女から剃刀を奪い取り、

 

それを近くの川に投げ込んで、

馬鹿なことをするなと怒鳴りつけ、

 

急いで家まで救急車を呼びに

戻って来たというわけだ。

 

だが、親父と二人で、

 

闇の中を雪に足をとられながら

橋に来てみると、

 

街灯の薄暗い光の中に、

女の姿はなかった。

 

親父は、

 

「おーい、どこにいるんだ!」

 

と女を呼んだが返事はなく、

 

俺も辺りの闇を見回したが、

人の気配はない。

 

そして不思議なことに、

 

女がうずくまっていたという辺りの雪には、

親父の足跡しかなかった。

 

「川だ!」

 

俺は、女が川に

飛び込んだんじゃないかと思い、

 

雪に埋もれた土手の斜面を

下りて探そうとした。

 

だが、

 

土手下は足元も見えないほどの

暗闇に包まれていて、

 

危険で下りられなかった。

 

そうこうしているうちに、

救急車が雪の中をもがくように到着し、

 

また、駐在所の警官も、

 

原付バイクで転倒しそうに

なりながらやって来た。

 

親父は警官に経緯を説明し、

空もようやく白み始めたので、

 

救急車の隊員も一緒に、

周囲を探してみた。

 

だが、周囲にも、

 

膝までの深さしかない

川の橋の下にも、

 

女の姿はなかった。

 

女の足跡もなく、

それどころか、

 

橋の上の雪には、

僅かの血痕さえもなかった。

 

夜が明けてからも、

 

止む気配もない雪の中を

1時間ほど捜してみたが、

 

女が居たと思われる形跡は、

何一つ見つけられなかった。

 

埒が明かないので、

救急車は来た道を戻り、

 

親父は警官と一緒に

駐在所へ行くことにした。

 

書類をまとめるために

事情をあらためて聞かせて欲しい、

 

との事だった。

 

俺は何とも言い難い気分で、

ひとり家へ戻った。

 

(続く)大雪の中で血を流している女 2/2

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